突然ですが、江戸川乱歩をご存じでしょうか。『怪人二十面相』シリーズなどを代表作にもち、日本の本格推理小説やホラー小説の草分けとなった作家です。漫画『名探偵コナン』の主人公、工藤新一がとっさに名乗った偽名「江戸川コナン」の名字の由来の人物でもあります。
乱歩は、人気作家として揺るぎない名声を手にしていました。しかし、だからといってどうやら有頂天でもなかったようで……。おそろしくネガティブな「名言」を残しているのです。
作家、医師、漫画家、武士、コメディアンなど、さまざまな分野で名を残した人物の「死」についての名言だけをあつめた書籍『生きるために読む 死の名言』(伊藤氏貴著)より、本文の中身を一部抜粋・再編集してお届けします。
ネガティブすぎる! 江戸川乱歩の人生観
二度とこの世に生れ替って来るのはごめんです。」
江戸川乱歩著『江戸川乱歩全集 第二十巻』「探偵小説四十年 上」(講談社)より
今でも多くの読者を持つ江戸川乱歩は、普通は死後に出される全集が、なんと生前だけで四度も出されたほどの人気作家でした。しかし、このことばに見られる厭世気分はどうしたことでしょう。
28歳でのデビュー以来、戦争などの外的要因とスランプなどの内的要因により、書ける時期と書けない時期を幾度も繰り返した乱歩でしたが、不思議と書ける時期の方が暗く厭世的で、書けない時期の方が明るく過ごしたと言われています。
それは、書くにあたって溢れる創作意欲に突き動かされていたわけではなかったからです。その人気ゆえにさばききれないほどの注文が殺到し、「書きたい」というより「書かねばならない」日々が続きました。
あるときには、結末を考えないまま雑誌連載をはじめた推理小説を完結させることができず、連載はやむなく中断、誌上で読者に謝罪をしなければなりませんでした。『悪霊』はこうして未完に終わりました。
しかし生活のために、自分ではつまらないと思う小説を編集者に書かされるなかで、こう思います。「結局、妥協したのである。もともと生きるとは妥協することである」。これではたしかに「二度とこの世」は「ごめんです」ともなるでしょう。
1894-1965 没年70歳
作家。本名は平井太郎。筆名は、米国の小説家エドガー・アラン・ポーをもじった。早稲田大学政治経済学部卒業後、貿易会社、古本商、蕎麦屋、新聞記者など職を転々とし、『二銭銅貨』でデビュー。日本の近代的な推理小説の礎を築き、「大乱歩」と呼ばれた。主な小説に『人間椅子』『怪人二十面相』シリーズ、評論に『幻影城』など。
(本稿は、『死の名言』より、一部を抜粋・編集したものです)