The Legend Interview不朽
「週刊ダイヤモンド」1967年10月1日臨時増刊号に掲載された、「サラリーマンの実力時代来たる」と題された座談会だ。

 出席者は東京電力副社長(後に社長)の水野久男、日本通運副社長の入江乕男、富士製鉄常務(後に新日本製鐵社長)の武田豊、西武百貨店社長の堤清二、司会はダイヤモンド社論説主幹の鈴木建である。重厚長大産業の経営陣と、流通革命の旗手だった堤が一堂に会し、「実力主義」をどう日本企業に根付かせるかを率直に語り合っている。

 1967(昭和42)年は、日本が高度経済成長のピークへと突き進んでいた時代だ。いざなぎ景気のただ中で企業規模は急拡大し、労働力不足が顕在化。「買い手市場」から「売り手市場」へと転じる中、年功序列だけでは人も組織も動かせない――。そんな危機感が、経営者の間で共有され始めていた。

 もっとも、出席者全員が「実力主義」の必要性を認めつつも、当時の日本を代表するインフラ・製造業の経営層3人が、「年功序列は日本の風土に合っており、急には変えられない」と慎重な姿勢を見せているのに対し、堤だけは非常にドライで革新的な意見を述べている。堤の「生活は保障するが、身分は保障しない」「人生にチャンスは二度ある」といった発言は、当時としては極めて挑発的だ。

 終盤では、専門職制度の導入について語られるが、その制度が「団地の奥さんの見え」という“世間”の壁に阻まれるという指摘も象徴的だ。部下を持たない高給の専門職を導入しても、当時の社会では「課長」「部長」といった肩書が重視される。夫が「俺は専門職○級だ」と説明しても、近所の奥さんたちには通じない。企業の論理より、家庭と世間体の論理の方が強いという、日本独特のサラリーマン社会の側面がユーモラスかつ切実に語られている。

 その他にも、当時の日本企業が家族主義的な共同体から、機能的な組織へと移行すべく、その制度設計に四苦八苦しているさまが、具体的に語られる。その葛藤は半世紀以上を経た現在の人事・雇用改革とも重なる部分も多く、読み応えがある。(敬称略)(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

人間能力の開発
サラリーマン実力時代来たる

「週刊ダイヤモンド」1967年10月1日臨時増刊号「週刊ダイヤモンド」1967年10月1日臨時増刊号より

鈴木 安定成長、開放経済、労働力不足という時代を迎えて、経営者側も数年来、経営の効率化のために、人間尊重、人間能力開発ということを盛んに言うようになってきている。

 そういう時代になってくると当然、能力のある社員というものは、いくらでも実力を発揮して認められていくことになると思う。

 東京電力さんあたりでは数年前から検定制度とか、大学をつくったりして、いろいろと人材開発に乗り出しておられるが、そういうものをやられてから、社内のモラールは、どんなふうに上がってきていますか。