親父と一緒に海に出た
忘れられない母の笑顔
当時、乗っていたカタマラン(双胴船)は、若い親父の年齢にふさわしくやたらと速い艇だった。一旦、セールが風を孕むと艇は一気に加速する。双胴船の片側のハル(船体)は海面から浮き上がり、着水している片側のハルが海面を一文字に切り裂いていく。くっきりと航跡を残しながら艇は見る間に逗子の入江を横断する。グングンと目の前に磯場が近づき、このままでは磯の上に立つ“浪子不動”の石碑にぶつかると思ったところで、親父は風上に舵を切る。「タック」と親父の声に促され、僕はカンバス地のデッキの上を反対舷へとお尻で移動する。
速度が落ちるとバウ(艇の先端)が持ち上がり、スターン(艇の後端部)が下がる。ブクブクと泡を立て僕が座るカンバスが水面に沈みはじめる。何が起こるのか分からず水着のズボンを濡らして僕が怯えていると、艇はスターンを支点にクルリと向きを変えた。再びセールの反対面が風を捉えると、艇は一気に加速した。
風に鳴るセールの音。波飛沫、カンバス地のデッキに滲みる海水。傾く艇、波を飛び越える衝撃。子供の僕にとって、全てが新たな発見だった。
家族サービスなどという言葉には縁遠い親父が、珍しく家族旅行を言い出したのが、式根島へのヨットでのクルージングだった。
航海を前に母が大きな大きな縫い物をしていたことを思い出す。内骨の入った大きな丸い球は、気球のようだ。その気球は停泊時にはマストのブームに吊るされる。気球の4分の1が開口部になっていて、そこから風を取り込み、気球の下の吹き流し状の筒を通して狭いキャビンに涼しい空気を送り込む。海風を利用した、簡易クーラーということだ。
お手伝いさんと一緒に装置を組み立てている時の母は、とても楽しそうだった。もしかしたら、母にとって初めての航海だったのかもしれない。ヨット仲間の忘年会や夏の花火大会のパーティーでクルーと共に♪女は乗せない、コンテッサ♪といつも大声で歌って親父はご機嫌だった。そのコンテッサ号に乗って、親父と一緒に海へ出る。あの時の嬉しそうな母の笑顔は忘れられない。







