気象予報士になったのは
俺がヨットに乗せたから
もう一つ忘れえぬ思い出は、式根島に上陸し、顔なじみの漁師さんの家に風呂を借りに行った時のことだ。
まず最初に風呂に入るのは親父。次はお母さん。あれっ、一緒に入ってしまうのかと子供の僕はドキドキしてしまう。すると母親から、「グズグズせずに貴方たちも入りなさい」と声を掛けられた。お母さんと一緒に風呂に入るのが、小学校高学年の僕には恥ずかしかった。まだまだ若かった母。その裸体がふくよかで、白く眩しかったことを鮮明に記憶している。
艇の上はとにかくヒマだ。ぼんやり時をやり過ごす他ない。ふと空を見上げると、白い雲が規則正しく並んでいた。雲は夏の南風に乗って南から北へ向かって動いていく。ところが1つだけ動かぬ雲を発見した。
伊豆七島の北から2番目の島、利島。その頂に、メロンパンのような雲が1つ乗っかっていた。艇はゆっくり島の横を通り過ぎる。雲の群れは北へと向かう。でも、島の上の雲だけジッと島の上から動かない。その時、風が変わり、バタバタとセールが音を上げた。「なぜ、あそこに雲があるのだろうか」「なぜ、風は変わるのだろうか」。そんなことを考えている奴が気象予報士になってしまう。
「お前が気象予報士になれたのは、俺がヨットに乗せてやったからだ」と親父は事あるごとに恩着せがましく言っていた。当たっているような、いないような。でも、僕の師匠はお天気博士の森田正光さんだと思う。
家族セーリングには、もう1つ過酷な思い出がある。夏休みに家族で伊豆下田へ出かけた時のこと。家族旅行に親父も参加するなんて珍しい事もあるものだと思っていたが、そこには魂胆があった。あらかじめ愛艇をクルーに命じて回航してあったのだ。石廊崎から西伊豆の妻良漁港までセーリングをすることになった。
石廊崎灯台の直下の入江は、切り立った崖に挟まれて細長く奥深い。入江の水面は静かでも外海へ出た途端に海は豹変した。大きなうねりが次々と沖から押し寄せ、磯に白波となって砕け散る。マストにぶつかる海風は、ヒューヒューと甲高い音を上げていた。
舵を引くのは親父。甲板長を務めるクルーの石川さんがその横に立つ。親父は何をしでかすか分からないから頼りになるのは石川さんだけだ。石川さんがニコニコ笑っているうちは、艇は沈まないと僕は信じていた。







