石原家の人間にとって
海は帰る場所

 うねりに弄ばれた艇は、まるで1階から2階、2階から1階へのように上下する。波の谷間に入ると360度の景色が失われた。母親と兄弟四人はコックピットの左右に分かれ手摺りにしがみついていた。

 大きな波の中を艇は少しずつ、少しずつ進んでいく。当て舵をしくじるとバケツの水を思い切りブッ掛けられたように波がコックピットに飛び込んでくる。当て舵をしくじった親父を僕がジロッと睨むと、親父の目は“スマン”と笑っていた。ビショ濡れになった体は、真夏の陽射しに照らされていても冷えてくる。“スマン”じゃ済まない。やっぱり親父と一緒にいるとロクなことはない。

 海岸線の断崖の上の国道をのんびりと観光バスが走っているのが見えた。バスの乗客は、真っ白いセールを大きく揺らし白波蹴立てて進むヨットを羨ましく眺めていたかもしれない。しかし、見ると乗るでは大違い。艇に乗る身は、生命の危機を感じていた。

書影『石原家の兄弟』『石原家の兄弟』(石原伸晃・石原良純・石原宏高・石原延啓、新潮社)

 下の弟たちは早々に顔が真っ白になって、マグロ状態。母親に膝枕をしてもらい身動きひとつしない。母親からして死んだ魚の目をして片手にビニール袋を握りしめている。体操座りで平静を装って座っている兄だが、ゲロの破片がひとつ小さく口の周りに残っていた。僕が必死に生ツバを飲み込んでいると、吐く時は首を伸ばして海へ吐きなさいと、石川さんがニコニコ顔で教えてくれた。

 伸晃、吐いた。宏高、吐いた。延啓、吐いた。でも僕は吐かない。吐かない僕が、今日の勝者かもしれない。そんなワケの分からない優越感を頼りに、僕は荒れる海を乗り切った。あの意味なく兄弟全員で船酔いに苦しんだ航海が、僕にはそれほど悪い思い出として残ってはいない。

 僕は月に一度、海に出る。今度は僕が、僕の子供を艇に乗せてやらねばならないから。それは親父をマネているわけじゃない。石原家の人間にとって海は遊びに行く場所ではなく、海は帰る場所なのだから。