それを象徴するのが、今年1月の社会保障国民会議での麻生太郎副総理の「さっさと死ねるように」発言だ。人権を無視した心無い言葉に批判が起こり、その後、麻生さんは発言を撤回したが、世間では彼に同調する声も多かった。

「無駄な」延命措置を拒否するという尊厳死協会に入る人も、いまや約12万5000人にもなっている。協会が目的としているのは、尊厳死を法制化することだ。法制化に向けて、超党派による議員連盟の動きも活発だ。

 その裏にあるのは国の経済事情だろう。

患者に一筆書かせて
「さっさと死ねる」社会へ

 2010年に119.2万人だった年間死亡者数は、2030年には今より約40万人増えて、約160万人になると推計されている。そこで、終末期にかける医療費を削減するために、胃ろうや人工呼吸器をつけないことを患者に一筆書かせておいて、「さっさと死ねるよう」な社会にしようというわけだ。

 現在は、いったん始めた人工呼吸器を途中で外すと、医師は殺人罪に問われる可能性がある。だが、法制化することで呼吸器を外しても医師は免責となり、合法的に殺人できる下地が出来上がる。

 尊厳死が法制化されれば、適切な治療を行えば助かる命も、医療行為を何もしないことが良いことのように思われ、患者は次々と死の淵に立たされるかもしれない。

 かつての過剰医療に対する反動なのか、自ら尊厳死、平穏死、自然死を求める人も増えているようだ。しかし、そのブームの裏側にある国の医療費削減策といった仕掛けを知っても、人々は素直に死を選ぶのだろうか。

 多くの人が本当に求めているのは、「最後まで自分を大切にしてほしい」「自分らしく生きたい」という尊厳ある生を全うすることだと思う。それをさせずに、尊厳死を選べば解決するかのような喧伝は、問題のすり替えでしかない。