薄々気づいていた「仏教式葬儀」の無意味さ…大往生時代にバレ始めた、僧侶の食い扶持を守る“不都合な真実”写真はイメージです Photo:PIXTA

仏教式の葬儀では戒名やお布施など、さまざまな費用がかかるのが一般的だ。しかし、その出費は本当に故人や遺族のためになっているのだろうか。平均寿命が延び、多くの人が「大往生」を迎える時代になった今、葬儀や弔いのあり方を見直す動きが広がっている。僧侶を呼ばない直葬や無宗教葬も増えるなか、これからの時代に合った葬儀の形とは何か。※本稿は、宗教学者の島田裕巳『無縁仏でいい、という選択 墓も、墓じまいも、遺骨も要らない』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。

平均寿命が伸びた現在
死は惜しむものではなくなった

 以前の社会であるなら、平均寿命は短く、若くして亡くなる人たちは少なくなかった。乳幼児の死亡率は高かったし、戦乱や戦争といった事態も起こった。結核など、長く死の病として怖れられ、若くして命を落とす人も珍しくなかった。

 ところが、今は違う。多くの人たちが長生きできるようになった。厚生労働省が2024年7月26日に発表した「令和5年簡易生命表」によると、2023年の平均寿命は次の通りだった。

男性:81.09歳
女性:87.14歳

 前年と比較して、男性は0.04年(14.6日)、女性は0.05年(18.3日)上回っており、3年ぶりに男女とも平均寿命が延びている。

 したがって、80歳まで生きられるのは珍しいことではなくなり、90歳、さらには100歳まで生きる人の数も相当に増えている。2024年9月1日の時点で、100歳以上の人の数は9万5119人となっている。

 これだけ長生きできるということは、それぞれの人たちは「大往生」を遂げたということである。人生の半ばで命を落としたというわけではない。十分に生き、生をまっとうしたのだ。

 高齢で亡くなる人たちにとって、死は惜しむべきものではなくなっている。それは、本人にとっても、遺族にとっても同じだ。