「世界の終わりを想像するより、資本主義の終わりを想像するほうが難しい」というのはアメリカの思想家フレドリック・ジェイムソンの言葉で、それを2009年にイギリスの批評家マーク・フィッシャーが「資本主義リアリズム」と名づけて広く知られることになった。「(現代にあっては)資本主義が唯一の存続可能な政治・経済制度であるのみならず、今やそれに対する論理一貫した代替物を想像することすら不可能だ、という意識が蔓延(まんえん)した状態」だという。
興味深いことに、この同じ認識から始まって、2人のイギリスの思想家がまったく異なる結論に至った。1人はジャーナリストのアーロン・バスターニで、テクノロジーによって資本主義は乗り越えられ、「潤沢な共産主義」が実現すると論じた(『ラグジュアリーコミュニズム』橋本智弘訳/堀之内出版)。
それに対して経済人類学者のジェイソン・ヒッケルは、あくなき経済成長を求める資本主義はすでに行き詰まっており、それを減速・放棄する「脱成長」以外に人類が生き延びる道はないとする(『資本主義の次に来る世界』野中香方子訳/東洋経済新報社)。
バスター二とヒッケルはいずれも左派(レフト)に属するが、その立場は楽観論と悲観論に真っ二つに割れている。
「人類史には3つの断絶がある」
「加速主義」は、テクノロジーの指数関数的な高度化によって、気候変動から貧困、病気(さらには老いや死まで)など人類の抱えるあらゆる問題が解決され、地球上の誰もがとてつもないゆたかさを享受する時代が到来するという楽観主義で、一般には右派(テクノ・リバタリアン)の思想とされるが、左派のバスターニはこれを逆転させ、ゆたかな社会の到来によって資本主義から共産主義への移行が起きると説く。
この立場は、リベラルの立場から加速主義を擁護するエズラ・クラインとデレク・トンプソンと重なるが(『アバンダンス 「豊かな時代」を呼びさませ』土方奈美訳/NewsPicksパブリッシング)、2人が現実の問題を論じるのに対して、バスターニは大きな歴史を語る。
【参考記事】
●住宅建設、高速鉄道、太陽光発電や風車には賛成だけれど「私の裏庭でやるな」。「ゆたかなリベラル」のエゴイズムによって、リベラルな政府は機能しなくなっていく
バスターニによれば、人類史には3つの断絶がある。第一の断絶は1万2000年ほど前の農業革命で、狩猟採集社会から定住社会に移行したことで文明が成立した。第二の断絶は18世紀の産業革命で、化石燃料をエネルギーに変えることで指数関数的な経済成長が可能になり、馬に乗っていた人類はわずか2世紀あまりで月に降り立つまでになった。
そしていま、第三の断絶が起きている。テクノロジーの進歩が相転移し、「エネルギー、認知労働、情報にまでわたる領野において欠乏からの相対的な自由をもたらす」のだという。この「ポスト欠乏」は、「究極の供給(extreme supply)」ともいわれる。
地球の表面上には、たった90分のあいだに潜在的には丸1年のエネルギー需要をまかなうのに十分なほどの太陽エネルギーが注いでいる。この太陽光を効率的に変換する技術によって、いずれエネルギーはタダになる。
「地球近傍小惑星(NEA)」と呼ばれる小惑星群には豊富な資源があることがわかっている。たとえば火星と木星のあいだに位置するプシケという直径200キロの小惑星は、鉄やニッケル、銅、金、プラチナといった希少金属から構成されていて、鉄の含有量だけでもその価値は1000京ドルにもなる。ロケットとロボットによる小惑星の採掘が実現すれば、ほとんどの資源がタダになる。
『ホール・アース・カタログ』で知られるスチュワート・ブランドは「情報はタダになりたがる」という有名な言葉を残したが、有機生命それ自体はコード化した情報に他ならない。遺伝情報を自在に編集したり、細胞レベルで有機物を組み立てることができるようになれば、遺伝子治療によってほとんどの病気は克服され、ステーキは牛からではなく、飼料と太陽光からつくられるようになるだろう(牛は飼料と太陽光を肉に変換する効率の悪い機械なのだ)。こうして遺伝情報もタダになるとバニスターはいう。
この潤沢さによって、資本主義の新たな代案(オルタナティブ)がはじめて可能になる。それが「完全自動のラクジュアリーコミュニズム(FALC:Fully Automated Luxury Communism)」だ。







