近年、「エコモダニズム(Ecomodernism)」という思想が注目を集めている。テクノロジーによって経済成長と自然保護を両立させようとする環境哲学で、その代表的な論者の一人がアメリカのジャーナリスト、マイケル・シェレンバーガーだ。
「環境アラーミズムは直接的に間接的にも日本に害を与えている」
欧米で大きな反響を呼んだシェレンバーガーの『地球温暖化で人類は絶滅しない 環境危機を警告する人たちが見過ごしていること』(藤倉良、桂井太郎、安達一郎訳/科学同人)の「日本語版に寄せて」で、シェレンバーガーは日本の読者に次のようなメッセージを送っている。
Photo:sidelniikov / PIXTA(ピクスタ)
環境アラーミズムは直接的にも間接的にも日本に害を与えている。黙示録的な空想にとらわれた活動家たちは、中国など他の国々と競争する日本の能力を損なってきた。原子力に対する不合理な恐怖心を植えつけてきた。そして、エネルギーや食糧の生産コストを上げようとして、日本国民に直接的な被害を与えている。
原子力発電所を早急に閉鎖すると、大気汚染が進む。「環境にやさしい」という農業は、より多くの土地を必要とするので、生息地の喪失につながる。海洋生物を守る最重要手段は天然魚を養殖魚に置き換えることだが、不合理な環境主義者は陸上での養殖に反対する。
ここだけを読むと保守派の(陰謀論的な)「気候変動否定論」のようだが、1971年生まれのシェレンバーガーは15歳のとき高校に国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの支部を立ち上げ、高校3年生のときにはニカラグアでスペイン語を学び、サンディニスタ民族解放戦線の社会主義革命を見たいと校長に申し出たという過激な左派(レフト)だった。
大学でスペイン語だけでなくポルトガル語も習得したシェレンバーガーは、ブラジルのアマゾン地帯で労働運動の活動家たちと働き、卒業後は「世界中で人権と社会、経済、環境の正義を促進すること」を使命とするグローバル・エクスチェンジに参加した。この団体はWTO(世界貿易機関)を「(グローバリストの)悪の巣窟」として批判し、ゼロ年代に盛り上がったWTO抗議運動の中心となった(ベネズエラのウーゴ・チャベスを「グローバリズムと戦う闘志」として擁護していた)。
ところが、再生可能エネルギー推進の旗を振っていたシレェンバーガーはその後、「環境正義」の活動に疑問をもつようになる。本書の原題は“Apocalypse Never: Why Environmental Alarmism Hurts Us All(黙示録は永遠に訪れない 環境アラーミズムがわたしたちすべてを傷つける理由)。
Apocalypseは世界の終末を予言する聖書の黙示録で、このタイトルはフランシス・フォード・コッポラの映画“Apocalypse Now(邦題は『地獄の黙示録』)”から取ったのだろう。ベトナム戦争の狂気を描いたこの作品で、コッポラは終末(アメリカ人の内面の荒廃)はすでに始まっているとのメッセージを込めたとされる。同様に環境正義の活動家は、地球温暖化によるApocalypseはすでに始まっており、このままではすぐに黙示録的な「終末(人類の絶滅)」が訪れると警告している。
それに対してシェレンバーガーは、地球温暖化はたしかに起きているが管理可能で、環境アラーミストがいうような「終末」が来ることは永遠にないと反論したのだ。
二酸化炭素排出量と温暖化の関係を認めつつ、それは一部の論者がいうような「破滅」ではないと主張することは、かつては(「ホロコースト否定論」になぞらえて)「気候変動否定論」のレッテルを貼られたが、現在では「気候現実主義」と呼ばれている。
その代表的な論者であり、トランプ政権の「気候政策の全面見直し」の理論的支柱となった物理学者スティーブン・E・クーニンの『気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか?』(三木俊哉訳、日経BP)についてはすでに紹介した。
【参考記事】
●地球温暖化の「常識」を科学的に証明することは困難。そもそも二酸化炭素が増えること自体は、とりたてて懸念材料というわけでもない
欧米のゆたかな白人エリートたちは、「正義」の名の下に貧しい国の経済発展を妨げている
シェレンバーガーのいう「環境アラーミスト」の典型が、2018年にイギリスで設立された環境正義の団体「エクスティンクション・レベリオン(絶滅の反乱:Extinction Rebellion、略称:XR)」で、気候変動による絶滅(Extinction)を止めるための反逆(Rebellion)、すなわち直接的で過激な抗議行動も辞さないことを明言している。その戦術は、活動家がわざと逮捕され、裁判で自らの正当性を訴えるというもので、この団体の創設者の一人は「手紙、メール、行進は効果がない。刑務所に行くには約400人、逮捕されるには約2000人から3000人が必要だ」と述べた。
XR(絶滅の反乱)は2019年にロンドン中心部を占拠し、活動家たちが地下鉄車両の屋根に登り、列車を停めて乗客を降ろしてしまい、2000人ちかくが逮捕された。この混乱を報じたテレビの報道番組には、「空の車両の上で得意げに立っている運動家に向かって」乗客たちが「仕事に行くんだ!」「家族を食べさせなきゃいけないんだ!」と怒鳴る場面が映し出された。その後、乗客の一人が車両によじ登って活動家を取り押さえようとして殴り合いになった。
シェレンバーガーがこの混乱を取り上げるのは、人種の顕著な非対称性があるからだ。XRの活動家のほとんどは白人で、だからこそ逮捕されても簡単に保釈されたり、仮に有罪になっても(裁判で好きなことをしゃべったあとで)執行猶予を受けることができる。それに対して地下鉄で職場に向かおうとしていたのは、その多くが黒人など有色人種の労働者だった。
そしてこれが、シェレンバーガーが人権や環境正義を唱える左派の反グローバリストから訣別した理由だった。
10代でニカラグアに行ったシェレンバーガーは、アメリカの快適な中流階級の暮らしとはかけ離れた極貧生活を体験する。その後、アマゾンでは地元のひとたちといっしょに社会主義協同組合の運動に熱心に取り組んだ。「資本主義」を拒否した農民たちが生産手段を共有し、環境に配慮した農業を行なうことで、ゆたかな共同体をつくっていけるはずだと信じていたのだ。
だが若きシェレンバーガーの理想は、現実の前にたちまち頓挫する。農民たちは、自分だけが一生懸命働いて、さぼっている者に利用されることを嫌がった。そればかりか若者は、そもそも農業をやる気がなかった。その体験は次のように率直に書かれている。
たいていの若者は、都会に出て教育を受け、仕事に就きたいと思っていた。彼らが望んでいたのは、低収益の農業よりももっと良い生活だ。私のような生活を望んでいた。もちろん私だって小農になどなりたくなかった。そうしたい人がいるなんて思えただろうか? 現実を間近で見たら、そんなロマンティックな考えを抱くことなどできなくなる。
その後シェレンバーガーは、絶滅危惧種であるマウンテンゴリラが生息する中央アフリカのコンゴ民主共和国を取材し、地元の住民たちが、「欧米の自然保護団体はアフリカ人の生活よりもアフリカの動物の保護を優先する『新植民地主義』だ」と考えていることを知る。
この対立を解消するには経済発展によってひとびとをゆたかにするしかないが、欧米政府は環境保護団体の圧力によって、コストの安い石炭発電所の新設を援助しなくなった。欧米のゆたかな白人エリートたちは、「正義」の名の下に貧しい国の経済発展を妨げているのだ。







