「天才トレーダー」の称号に酔った銀行員が、損失を隠し、取り返そうと賭けを重ねた末に、銀行を破綻させる。このような「コミットの暴走」はなぜ起こってしまうのでしょうか?
楽天グループ代表取締役会長兼社長・三木谷浩史氏をはじめ、Google元会長やZoomの創設者も絶賛する世界的ベストセラー『1兆ドル思考 世界一流の成功をもたらす9原則』をもとに解説します。
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たった一人のコミットに潰された英国の大銀行
ニック・リーソンは、1989年に22歳でベアリングス銀行に入社したとき、コミットメントのエスカレーションについて聞いたことがなかったのかもしれない。
由緒あるベアリングス銀行は、その233年の歴史の中で、米国がルイジアナを買収するのを支援し、エリザベス女王を顧客として抱えていた。
1992年、リーソンはシンガポールに赴任し、ベアリングスの現地デリバティブオフィスの責任者になった。
リーソンのロンドンの上司は、すぐに並外れた利益を挙げるようになった彼のトレーディングの手腕に満足していた。時には、リーソン一人で銀行全体の利益の10%を稼ぐこともあったからだ。
しかし、会計帳簿の外側の実情はかなり違っていた。市場がリーソンのとっていた取引ポジションに反した動きをしたとき、170万ポンドの含み損を抱えてしまったのだ。
リーソンは厳しい選択を迫られた。ロンドンの上司に損失を報告してその結果に向き合うか、さらに大きな賭けに出て損失の穴埋めを試みるかだ。
リーソンは後者を選んだ。それは銀行のリスク管理ルールに違反していたため、彼は裏口座を使い始めた。
運が悪いことに、リーソンはすぐにもっと大きな損失を抱え、ロンドンに正直に報告することがいっそう難しくなった。
これ以降、取引で損失を出すたびに、リーソンは新たにより大きな賭けをした。
損失が膨らめば、賭け金も膨らんだ。
裏口座には、たちまち2000万ポンドを超える損失が積み上がった。1年後には、損失額は2億ポンドを超えた。
そして、1995年1月、阪神・淡路大震災が日本の金融市場を揺るがした。
リーソンは日経平均の回復に賭け、損失をすべて取り返そうとした。
乗りかかった船で後へは引けない。エベレスト山頂を目前にした登山者のように、リーソンは引き返すことができなかった。
秘密の取引が発覚するまでに8億2700万ポンドにまで膨れ上がっていたリーソンの損失は、輝かしい歴史を持つこの銀行にとって、乗り越えられない試練となった。
ベアリングス銀行は破綻したのだ。
(本記事は『1兆ドル思考 世界一流の成功をもたらす9原則』から一部を抜粋・編集しています)







