2011~14年は「アラブの春」
地政学リスクが意識され高止まり
08年夏のリーマンショックを機にした価格下落の後、2010年代前半には原油価格が再び高騰し、11年から14年にかけて1バレル100ドル前後の高値が続いた。
この背景にあったのは、中東の地政学リスクと新興国の需要拡大の同時発生だ。
10年末から始まった「アラブの春」によって、中東・北アフリカ地域は政治的に大きく不安定化した。リビアでは内戦によって原油生産が停止し、エジプトの政変、シリア内戦、イエメンの混乱などが相次いだ。
中東は世界の石油供給の約3割を担う地域だ。そのため、実際の供給減少以上に、「ホルムズ海峡が封鎖されるかもしれない」という地政学的リスクが市場で意識され、価格にリスクプレミアムが上乗せされた。
こうして原油価格は11年春に110ドルを突破した。
さらに12年には、イランの核問題を巡って欧米が制裁を強化し、イラン産原油の輸出が減少した。イラン側がホルムズ海峡封鎖を示唆したことも供給不安を高めた。
一方で、中国はこの時期も年率7~10%程度の高成長を続けており、新興国全体としてエネルギー需要は拡大していた。欧州債務危機があったにもかかわらず、世界の原油需要は大きく減少せず、08年のような急落は起きなかった。
2014年以降の急騰はウクライナ戦争が契機
コロナ禍後の需要回復と供給不安が同時に
14年後半以降、状況は大きく変化した。
アメリカのシェール生産が急増する一方で、中国経済の成長が鈍化し、世界の原油需要の伸びが減速した。それにもかかわらずOPECは減産を行わず、市場シェア維持を優先した。
この結果、原油価格は100ドル近い水準から50ドル以下へ急落した。
20年春には、新型コロナの世界的流行によって世界経済が急停止した。航空便はほぼ停止し、多くの都市でロックダウンが行われたため、交通需要が急減した。
世界の石油需要は一時、日量2000万バレル以上減少した。これは世界需要の約2割に相当する大きな落ち込みだ。
貯蔵施設の不足などが発生し、20年4月にはWTI先物価格が史上初めてマイナス価格(-37ドル)となった。
その後、原油価格は、OPECプラスが大規模減産を実施したこともあって、調整局面に入ったが、価格急騰の決定的な契機になったのが、ロシアのウクライナ侵攻だった。
22年2月に侵攻が始まったが、ロシアは世界有数の原油輸出国であり、欧州の重要なエネルギー供給国でもあった。だが欧米諸国は、ロシア産原油の禁輸など対ロ経済制裁を実施した。
制裁と供給不安によって原油価格は急騰し、WTIは110ドル近くに達した。
重要なのは、この時期には「コロナ禍後の需要回復」と「戦争による供給不安」が同時に起きたことだ。21年にはすでに需要が急回復していたが、OPECの増産は遅れていた。そこに戦争が重なったため、価格が急騰したのだ。
価格変動を生む基本は需給構造の変化だが
投機による短期的な急騰もあり得る
以上の経験から分かることは、原油価格を大きく動かしてきたのは、基本的には世界全体の需給構造の変化であるということだ。
ホルムズ海峡の比重は確かに大きい。しかし、封鎖が長期化するのでなければ、価格上昇は一時的なものにとどまる可能性が高い。実際、過去の中東紛争でも、海峡封鎖による長期的な供給途絶が発生した例はない。
そもそも、ホルムズ海峡を通る石油は、湾岸諸国だけでなく、イランにとっても重要な輸出手段であり、海峡封鎖はイラン自身にも大きな経済的損失を伴う行動だ。
海峡封鎖の長期化はイラン経済にも痛手となる。
むしろ注意すべきは、金融市場での投機的な動きが価格変動を拡大させる可能性だ。地政学リスクが市場心理を刺激すれば、短期的な急騰が生じることもあり得る。それに目を奪われて、需要と供給の基本構造を見失わないことが重要だ。
(注1)Clyde Russell, Crude oil's current Iran premium assumes no supply disruption, Reuters, February 19, 2026







