好意から恋、そして愛への展開は、神経伝達物質が関わっていると考えると、よりわかりやすいのではないかと思うのです。もちろん、これらは実証されたものではなく、あくまで仮説です。
また、「恋」だからドーパミンやβ-エンドルフィン、ノルアドレナリンが優勢で、「愛」だからセロトニンやオキシトシンが優勢であるといったような話でもないでしょう。おそらく、「恋」であろうが「愛」であろうが全ての物質が関わっているでしょうから。
ただ指摘しておきたいのは、「愛」が成立しているとき、これら神経伝達物質全体が、上手くバランスをとって機能しているのではないかということです。
「浮気」という選択肢が
浮上するカラクリとは
神経伝達物質の話が出てきたところで、「浮気」と「愛」の関係について考えてみたいと思います。「浮気」と「愛」は、神経伝達物質の話と絡めて考えるとわかりやすいからです。先ほどの仮説に従うと、好意から「恋」に発展し、「愛」に変わる前に意図的に留めている状態が「浮気」なのではないでしょうか?
つまり、性的な満足度だけではなく、ドーパミンや、β‐エンドルフィン、ノルアドレナリンが活性化されている「恋のドキドキ感」だけ味わっている状態です。「恋」から「愛」に変わっていくと、穏やかな満たされた感情になっていきます。しかし、一方で、「恋のドキドキ感」というのは相対的に薄れていきます。
もし、これを物足りないと考えたとき、「浮気」という選択肢が上がってくる人もいるのではないでしょうか?ちなみにドーパミンの受容体には、いくつかの遺伝子パターンがあり、ある遺伝子パターンを持つものは「より強い刺激を求める特性」がある可能性が指摘されています。これから「浮気」は遺伝をするのではないかという説もあります。
浮気が、「恋」の状態で留められているのは、本人からすれば「愛」を別のところで築いているからです。つまり、パートナーが別にいるということです。それゆえ「浮気」が「浮気」にすぎない理由です。







