「相手の話を真剣に聞いても一向に怒りが収まらない」「日々つらいクレーム対応に追われ、心が折れそう」と疲弊していませんか。相手の怒りに寄り添い、評価や反論を挟まずにじっくり話を聴く姿勢を実践しているのに、なぜか状況が悪化してしまうという歯がゆさを生んでしまいます。もしかしたら、その「傾聴」というアプローチ自体が、あなたを疲弊させているのかもしれません。
そこで参考にしたいのが、クレーム対応の現場で本当に必要な「心構え」と「スキル」をまとめた一冊『クレームは「最初の30秒」で9割解決 クレーム対応 最強の話しかた[完全版]』(ダイヤモンド社刊)です。
今回は、同書から特別に抜粋・再編集し、まず自分の安全を守りながら、短時間でクレームを解決させるための戦略を紹介します。(文:山下由美)
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多くのクレームはお客さまからの大切なSOSだが…
満員電車、職場で厳しく求められる成果、責任に見合わない報酬、SNSであらわになる収入格差、思いやりが搾取されるような関係性……。こうしたストレスにさらされると、交感神経が優位になりがちです。
その影響で、心と身体は無意識のうちに臨戦態勢へと入っています。これは野生時代の名残ともいえる反応で、「敵は即座に叩きのめす!」という状態に近づいているのです。こうなると、理性で自分の感情をコントロールするのは容易ではありません。近年、クレームが苛烈さを増している背景には、こうした事情があります。
一方で、心に留めておきたいのが、クレームの多くはお客さまが発するSOSだということです。その日一日だけをとっても、さまざまな出来事があったはずです。怒りや悲しみといった感情が折り重なり、溜まりに溜まった鬱屈によって、堪忍袋はすでに限界に近づいていたのかもしれません。そこに、ほんの些細なきっかけが加わり、堪忍袋の緒が切れてしまった――。その結果が、あなたの前での爆発だったというケースが少なくないのです。
怒鳴っている相手は、積み重なるストレスや予想外の出来事に対処し切れず、悲鳴を上げ、助けを求めている状態ともいえます。そして、あなたにとっては災難かもしれませんが、その怒りを受け止め、堪忍袋の緒を結び直せるのは、クレームという形で感情を向けられたあなたしかいないのです。
助けてほしいのなら怒鳴らず、素直に言えばいいのにと思いますよね。実際、私自身もかつてはそのように感じていました。
ところが、何度もクレームに向き合ううちに、あることに気づきました。怒鳴っている本人は、自分が助けを求めていることにすら気づいていないのです。
川で溺れている人は、自分が助けを求めていることを理解しています。だから、助けに来た相手を怒鳴りつけることはないでしょう。
しかし、感情に溺れている人は、自分に助けが必要な状態にあることを認識できていません。そのため、目の前に現れたあなたに、行き場のない怒りをぶつけ、声を荒らげてしまうのです。助けが必要であることがわかれば、相手が誰であれ、状況がどうであれ、何とかして助けようとするのではないでしょうか。そして、その役割を果たせるのは、今この瞬間、目の前に立っているあなただけなのです。
ドライなクレーム対応は禍根を残す
お客さまによる現場スタッフへのハラスメントが発生した際、外資系企業はドライに対応する傾向があります。
私自身、外資系アパレル企業の国内支店で、その現場を目撃して驚かされた経験があります。スタッフに対して暴言を浴びせる客を、複数のスタッフが取り囲んで店外へ誘導し
「今後は当店のお客さまとして対応いたしかねます。ご来店はお断りします」ときっぱり告げたのです。
ただ、私はこの外資系企業のドライな対応について、あまりにお客さまへの愛がなく、和を重んじる日本の文化や価値観にはなじみにくいと感じています。
クレームは、お客さまからのSOSです。クレームをぶつける相手を排除するだけでは、そのSOSに応えることはできず、かえって禍根を残す恐れもあります。とくに昨今はSNSの存在も無視できません。対応の一場面だけが切り取られて拡散されることで、いわれなき被害が広がってしまう可能性もあります。
傾聴が抱える問題
外資系企業がドライに対応するのに対し、日本企業では、相手の怒りに対して「傾聴」で向き合うように指導しているケースが少なくありません。
傾聴とは、相手の感情やペースに寄り添い、評価や反論を差し挟まずに話を聴く姿勢を指します。考え方としては、きわめてまっとうです。
ただ、近年のクレーム対応の現場においては、この方法が必ずしも機能しなくなってきています。理由はいくつかあります。
まず、傾聴には時間がかかります。相手の話を遮らず、十分に吐き出してもらうことが前提となるため、対応が長期化しやすいのです。人手不足が常態化している現場では、クレーム対応に割けるマンパワーも時間も限られています。そのなかで、じっくり傾聴する余裕を確保するのは、現実的に難しくなっています。
また、本来の意味で傾聴を実践するには、高度なスキルが求められます。傾聴では、聴き手が自分の価値観や判断をいったん脇に置き、相手の話を受け止めながら、その奥にある真意を引き出していかなければなりません。これは専門的な知識とトレーニングがあってこそ可能なもので、誰もがすぐに身につけられる技術ではありません。
その結果、現場では「傾聴しているつもり」の対応が行われがちになります。
うなずきながら話を聞いているものの、相手の怒りのペースを落とせない。むしろ、「こんなに話しているのに、まだわかってもらえない」と、被害感情を強めてしまうことすらあります。カタチだけの傾聴は、時間を消費するだけでなく、かえって状況を悪化させるリスクをはらんでいるのです。
一方、私が提唱する超共感法では、こうした心配はありません。むしろ、「こんなに早く落ち着くのか」と驚かれるほど、短時間でクレームが収束するケースが多くなります。
なぜなら、クレーム対応で本当に重要なのは、「深く共感すること」ではないからです。相手に寄り添おう、理解しようと構えすぎる必要はありません。
後ほど詳しく説明しますが、ポイントはただ一つ、相手に「そうなんです」「そうよ」と言わせることです。できるだけ短い時間で相手の状況を把握し、「そうなんです」「そうよ」と言ってもらえそうな言葉を見つけること。その一点に集中するほうが、結果的に相手の怒りを鎮め、対応する側の負担も軽くなります。
相手の状況を把握し、まず自分の安全を守る
クレームはお客さまからのSOSであり、助けを求めるサインかもしれません。とはいえ、助けようとした結果、怒鳴られたり、強い言葉を浴びせられたりすれば、心が傷つくのは当然です。たとえ相手が困っている状態だとしても、その出来事を簡単に忘れられる人はいないでしょう。
さらに、その傷が癒えないうちに、別のお客さまから再び怒りを向けられたとしたらどうでしょうか。心が少しずつすり減っていく感覚を覚えるのも無理はありません。実際、販売員やコールセンタースタッフ、公務員の方など、精神的なダメージを受けながら現場に立ち続けている人は数多くいます。
怒っている――正確には「困っている」お客さまを助けようとするなら、知っておいてほしいことがあります。それは、人を助けるためには「心構え」と「スキル」の両方が必要になることです。
川で溺れている人を救助するレスキュー隊員を思い浮かべてみてください。
彼らは、人を助けたいという強い思いと同時に、「自分も無事に帰還する」という冷静さを保っています。厳しい訓練を積み、スキルを磨いていますが、決して無謀に飛び込むわけではありません。状況によっては、二次災害を防ぐために救助を見送る判断もします。
クレーム対応も同じです。目の前のお客さまを助けるためには、まず相手の状況を把握することが第一歩になります。
何について困っているのか。パニック状態なのか。それとも、意図的にこちらを困らせようとしている悪質なケースなのか――。こうした見極めは、相手を理解するためだけでなく、自分自身の安全を守るためにも欠かせません。



