スタートアップが成功できるか、失敗して消えてしまうか? それを決めるのは、Product Market Fit(PMF:プロダクト・マーケット・フィット/市場で顧客に愛される製品・サービスを作ること)を達成できるかどうかにかかっている。『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』(田所雅之著、ダイヤモンド社)は、起業家の8割が読み、5割が実践する起業本のベストセラー『起業の科学』を9年ぶりに大改訂した最新版。本連載では同書から抜粋して、スタートアップの成長を加速するポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます。
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Jasper AIの象徴的転落
前回紹介したバーストマジョリティ(新しい破壊力)を最も象徴するのがJasper AI(ジャスパーエーアイ)の事例だ。
2021年設立からわずか18ヶ月で評価額15億ドルのユニコーンに上り詰め、10万人のユーザーの4分の3が月額80ドル以上を支払う優良ビジネスを構築していた。
しかし、2022年11月のChatGPT無料リリースが、すべてを変えた。
2023年に入ると、人員削減、成長鈍化、社内評価額20%引き下げ、CEO交代と、Jasper AIをネガティブなニュースが立て続けに襲った。
皮肉なことに、OpenAIのパートナー企業として早期アクセス権(OpenAIの言語モデルを、競合よりも早いタイミングで利用できる機会)を持ちながら、パートナー自身によって市場を奪われるという結末を迎えたのだ。
15年の蓄積が一瞬で無価値に:
Grammarlyの衝撃
文章校正ツールの代名詞として君臨していたGrammarly(グラマリー)も、生成AIの津波に飲み込まれた。
2009年から15年間かけて築き上げた3,000万ユーザーという堅固な基盤を持ちながら、Microsoft 365 CopilotやGoogle Workspace AIの文章支援機能により、「わざわざ別のツールを使う理由」が消失したのだ。
ユーザーは、慣れ親しんだWord、Gmail、Google Docsの中で同等以上の機能を利用できるようになり、追加の月額課金をする動機が根こそぎ奪われたのである。
「ゼロ秒移行」の恐怖:
瞬時に形成されるマス市場
従来のイノベーションカーブでは、トライアルカスタマーからバーストマジョリティへの移行に一定の時間を要した。
しかし生成AI時代のビッグテック機能は、リリースと同時にバーストマジョリティが瞬時に形成されるという前代未聞の現象を生み出している。
ChatGPTが5日で100万人の利用者、2ヶ月で1億ユーザー(MAU:Monthly Active Users/マンスリー・アクティブ・ユーザー)を達成したのは、この「ゼロ秒移行」の典型例だ。
その後に続いたMicrosoft CopilotやGoogle Geminiも、既に数億、数十億のユーザーベースを持つプラットフォームに統合されることで、発表と同時に巨大な市場を獲得している。
スタートアップの新たな現実:
機会と脅威の二面性
この劇的な変化は、スタートアップにとって諸刃の剣となっている。
ビッグテックが未参入の領域では、従来以上に高速で市場を獲得できる千載一遇の機会が存在する。クラウドファンディングやベータテストを通じて、少数のトライアルユーザーからフィードバックを得て、短期間でプロダクトを完成させることが可能だ。
他方で、ビッグテックが「ちょっとした機能追加」で、自社の市場にいつ参入してくるか分からないという恒常的な脅威を抱えることになった。
もはやユーザー数の漸進的成長を待つ余裕はない事態も発生している(特にネットワーク効果が高く寡占化や独占化が進む業界において)。
(本稿は『増補改訂版 起業の科学 スタートアップサイエンスVer.2』の一部を抜粋・編集したものです)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動した。
日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップ約1500社の評価を行ってきた。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。
2017年、新たにスタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。その経験を生かして作成したスライド集『スタートアップサイエンス2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』『「起業参謀」の戦略書』(ダイヤモンド社)など。




