辛い状況から病名に答えを求めたくなりますが、精神医学の診断名は流動的で絶対的なものではありません。近年注目される「複雑性PTSD」も比較的新しく、専門医でも扱いが難しい概念です。大切なのは病名の確定にこだわることではなく、イライラや涙といった「生活上の困りごとや苦痛の解決」です。日常を楽にするために専門家の力を借りる、という意識で受診しましょう。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局・斎藤順)

【精神科医が教える】「グサっとくる…」病名探しはNG行動? 心が辛いとき、本当に目を向けるべきこと・ベスト1Photo: Adobe Stock

「病名」に答えを求める心理

「知人に複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)ではないかと言われた」「自分でも自覚があり、家族の理解が得られずイライラしたり、急に涙が出たりする。本格的に治療すべきだろうか」――こうした複合的な悩みから、精神科の受診を検討するケースがあります。

次々と起きる辛い出来事に対して何とか現状を打破したいという思いから、「病名」に答えを求めるのは自然な心理かもしれません。しかし、精神医学の観点からは、病名そのものよりも優先して目を向けるべき重要な考え方があります。

本来の「トラウマ」とPTSDの定義

PTSDは、トラウマ(外傷体験)の後に起こる精神的な不調を指す言葉です。もともとは、ベトナム戦争からの帰還兵に見られた不調をきっかけに見出された病名でした。

日常会話においては、人前で恥をかいたり、厳しく怒られたりした経験を「トラウマ」と表現することがよくあります。しかし、精神医学における本来のトラウマとは、「生きるか死ぬかの危機的な場面にいた」という事実が本質的な定義となります。

戦場や大災害など、自らの命の危険を感じる、あるいは他者の死に直面するような極限状態の記憶がフラッシュバックして精神的に不安定になる症状などが、本来のPTSDとされてきました。

新しい概念としての「複雑性PTSD」

近年になり、生死に関わる危機でなくとも、精神的なダメージが極めて大きい体験によって引き起こされる不調が「複雑性PTSD」という病名で呼ばれるようになってきました。かつての精神医学にはなかった新しい概念です。

ただし、この複雑性PTSDは、精神医学の中でも比較的新しく、扱いの難しい概念です。専門医でなければ正確な診断が難しいという現状があります。また、用いる診断基準によって、複雑性PTSDという概念そのものが認められていたり、いなかったりするなど、医学界でも今後定着するのか、あるいは別の概念に変わっていくのか、まだ流動的な部分を残しています。

精神医学における「診断名」の流動性

前提として、精神医学における病名や概念は、血液検査の数値や骨折のレントゲン写真のように、目に見える絶対的な基準で測れるものではありません。研究が発展するにつれて、昔は存在しなかった病名が新たに生まれたり、よく使われていた概念が別のものに統合されたり、消えていったりすることが多々あります。

例えば「HSP(Highly Sensitive Person)」もその一例です。HSPは医学的な診断基準が存在せず、そもそも病気ではないため、医療機関で診断を下すことはできません。一方で「発達障害」のように、長い歴史があり、しっかりとした診断基準が確立されているものもあります。

病名の確定よりも「生活上の困りごと」の解決を

ここで最も重要なのは、「自分が複雑性PTSDかどうか」という病名の確定にこだわることではなく、「現在抱えている生活上の困りごとや苦しさを解決する」という視点です。「特定の病名を知り、自分がそれに当てはまるか見てほしい」という理由で受診を希望する方は多いですが、医療の本質はそこにはありません。

「イライラして家族関係が上手くいかない」「精神的に不安定で辛い」といった“日常的な困りごと”があるのなら、それを何とかするために精神科を受診する、というのが正しいアプローチです。受診の結果、背景に別の疾患が見つかることもあれば、カウンセリングによるアプローチが適していると判断されることもあります。

あるいは、専門家に話を聞いてもらうだけで心が軽くなるケースもあります。「自分が何かの病気である(かもしれない)から受診する」のではなく、「生活で困っているから、専門家の医療的対応を求める」のが本来のあり方です。診断基準が不安定な病名に当てはまるかどうかを思い悩むよりも、まずは今抱えている苦痛を少しでも和らげるために、医療機関に足を運ぶことが推奨されます。

※本稿は『精神科医Tomyが教える 1秒で不安が吹き飛ぶ言葉』(ダイヤモンド社)の著者による特別原稿です。