「名前や肩書より…」明治の商人が発した“人物を評価する物差し”に納得しかない〈風、薫る第12回〉

直美、鹿鳴館のメイドになる

 島田との出会いで、りんは自分にも役目ができたと実感する。

「店員」としてはいまのところ役に立たないが、「お母さん」というお役目があるんだ、と島田に指摘されて、うれしい気持ちになるのだ。

 りんはどうやら双六(すごろく)に書かれているような役割、役目に影響されがち。「奥様」には絶望して、今度は「お母さん」や「店員」という役目にホッとする。

 でもほんとうにそれでいいのだろうか。だって、令和のいまでは「お母さん」や「奥さん」という一括りにされた呼び名は敬遠される。個人の名前で呼ばれたいと思う人のほうが多いのだから。

 島田(シマケン)は自分のことを「何者でもない」と言う。作者は「シマケン」呼びを流行(はや)らせるつもりなのか。

 一方、清水卯三郎(坂東彌十郎)はこんなことを言っている。

「人が何者であるかは、名前や肩書より、その立ち居振る舞い、生き方ににじみ出るもんですよ」

 これは店員の柳川文(内田慈)に言った言葉だが、そっくりそのままに言ってあげてほしい。

「文さんは美しいですよ」と卯三郎に言われて文がにんまりするワンカットの撮り方がうまい。松本仁志監督の才能を感じる。

 さて。直美(上坂樹里)のほうはどうなっているか。直美は直美で役目を得た。それは「メイド」、それも「鹿鳴館」の「メイド」だ。

 第11回で捨松(多部未華子)がメイドを探していた。直美は彼女のニーズに合っていたのだ。

 直美がメアリー(アニャ・フロリス)に着せてもらった洋服で、鹿鳴館の前で待ち伏せし、捨松の馬車が来たところで仮病を使って倒れるという捨て身の策に出た。当然、慈悲深い捨松は馬車から降りて心配してくれる。

 そこにすかさず、英語を使って話しかけ、捨松の懐に飛び込んで「無礼を承知でお願い申し上げます。私を鹿鳴館で働かせていただけないでしょうか」と願い出た。「父が病に倒れてしまい」と嘘(うそ)を言うとき、風はざわざわ。

「ご苦労されていらっしゃるのね」

「But, this is my life.」(これが私の人生)と捨松の言葉をいただく直美。それを聞いたときの捨松の表情。私の好きな言葉だと琴線に触れたのだろうか。直美、なかなかしたたかである。

 直美は旅立つメアリーにそう報告する。

「日本にいたら、私の生まれじゃまともな結婚はできない。だからって、マッチ箱作るだけじゃ生きていけない。だから」
「鹿鳴館でメイドをすることにしました」
「このさいどんな手を使ってでも生きてやろうと思って。This is my life.」

 そう聞いたメアリーは直美を抱きしめる。

「あなたをアメリカに連れて行かなくてよかった」

 ほんとにそう思ってる?と視聴者的に思ったら、そのあとまだセリフがあった。

「そう思えるような知らせを待っています」

 なかなか意味深というか皮肉ぽいというか、いや、きっとこんな屈折した直美にも幸せが来ることを神に祈ってやまないのだろう。