渋沢栄一が活躍した明治期は、日本に資本主義体制がほとんど整っていなかった時代です。江戸幕府から明治政府へと大きく体制が変わり、欧米から新しい技術や思想を必死に取り入れようとしていた時代。

 彼は銀行、保険、鉄道、製糸、ガス、電力など、当時の日本経済のあらゆる基礎産業に関わり、教育機関や社会福祉事業にも深くコミットしました。

 渋沢栄一が関わったとされる約500もの企業のうち、現代まで「そのままの社名」または「合併・改組を経ても事業が継続している形」で残っている企業の正確な数字を示す公式資料はほとんどありません。

 ですが、渋沢栄一記念財団や企業史に詳しい研究者の調査を総合すると、「少なくとも100~200程度(全体の2~4割ほど)は何らかの形で現存している」と見られています。

 一般的に企業生存率は、1年後で60%、10年後で5%、30年後で2%、50年後で0.7%、100年後で0.03%とされていますから、驚異的な数値です。

 これほどの偉業を短期間で成し遂げるには、人に事業を任せていかなければなりません。

 その過程で多くの人材を評価・登用する必要があり、「視・観・察」を実行することで社員や共同経営者を見極め、人々の才能を引き出すことを重視していたと言われています。

「視・観・察」という
“深さ”で人を見る

 人に見られる渋沢が実践した人間観察の方法に、「視・観・察」があります(図39)。

図39 「視・観・察」三つを以て人を認識する同書より転載 拡大画像表示

・視其所以(視)…行動そのものを見る(何をしているか)
・観其所由(観)…行動の動機を見る(なぜそれをしているのか)
・察其所安(察)…価値観や信念を見る(何を拠り所に生きているのか)

 この「視・観・察」は、他者を理解するときだけでなく、自分を省みるときにも役立ち
 ます。