内陸にあり、津波を免れた市中心部は建物が壊れた様子はなく、人通りが少ない駅前にチェーン店が点在する光景は、見覚えのある寂しい地方都市、という風情だ。それでも、駅前ロータリーの電光掲示板に「復興に向けて、がんばろう!いわき」の文字が回り、並木には、「がんばっているね、いわき」の木札がかかる。町のあちこちで見かける「復興」の文字に、ここも被災地だと感じた。

 そんな中、「夜明け市場」で「復興外し」が持ち上がったのは、4月末の店長会議だ。

提案する者~「俺は夢を追う」
原発避難し再起果たした人気店主

「復興って言葉は押し付けがましいだけで、あんまり好きじゃないんですよ」

 最初の提案者は、路地の西端にある串焼き店「クウカイ」の高野智博さんだ。福島第二原発がある富岡町出身。津波で両親を亡くし、町が第一原発事故によって避難区域に指定されたため、いわき市へ移った。地元のバーで働いていたが、避難後に自分の店を持つことを決意。市場のオープンとほぼ同時に開業した。炭火を使って丁寧に焼いた焼き鳥が評判で、内装や外装、カウンターなどは津波被害にあった家などから譲り受けた材木で手作り。9席の店内はいつも満員の人気店だ。

「自分は復興とかあんまり考えていないし、震災を振り返ろうとも思わない。地元の人と話しても、戻るか戻らないかとか補償がどうだとか、姿勢が後ろ向きでね。それでは夢を見られないですよ」。

 強い口調だった。被災者として取材を受けるのは、好きじゃないという。被災者という目で見続けられることへの反発があるのかもしれない。話を聞きながら、私自身も高野さんに被災者であることを求めているのを自覚させられた。

 昨年、長男が生まれた。「もう地元に戻る気はないですね。ふるさとだからもちろん大事だけど、執着はしていない。たとえ戻れるようになっても、若い人が帰れないから原発作業員か高齢者ばかりになる。自分にとって飲食は天職だし、今はここに居場所を見つけてやっている」