姑の貞も悪い人ではなかった
「この家では環は、女は、幸せになれない」と歯向かうりんに、亀吉はいら立つ。そこへ貞がわーっと勢いよく入ってくる。
「くれてやればいいべ、娘なんて。娘は金食い虫だ。どうせ嫁にやることになる。落ちぶれた武家の娘の子じゃ、もう大した箔(はく)もつかねえわ。環も東京であっちの家に染まっちまって、ちっともかわいくねえ」と嵐のように騒ぐだけ騒いで、ぷんっと出ていく。
しばらく家を出ている間に貞に懐かなくなってしまったのだろう。祖母としてはそれなりにかわいがっていたのかも。でもあの火事のときのことを考えると、全然可愛がっている印象はないのだが……。
第19回で印象的なのは、貞だ。
貞は環の好物である小魚の煮物を作っていた。亀吉は環の好物を知らなくて、その愛情のなさをりんにとがめられたが、貞はちゃんと孫の好物を知っていたのだ。
せっかく作った小魚を環は食べることなく去っていった。もう二度と会うことはないかもしれない。
りんが作ってきた小魚の煮物の入った器を開けて、1口食べると、貞は「薄いね」とつぶやく。りんが嫁に来たばかりのとき、料理の味が薄いと文句を言っていたが、何年たっても奥田の味をりんは覚えなかったようだ。
りんの奥田家での数年は描かれなかったが、りんは奥田家になじむことはできなかった。そこにもまた別の物語がきっとあるだろう。
出ていってしまったりんに亀吉が「女のくせに偉そうに。あんクソババア連れて、東京で生きていけるわけがねえべ」とぶつくさ言うと、貞はばしっと頭を叩く。
「おらも女だ」
「女でババアだ。クソババアだ!」とまた叩く。
貞もきっと奥田家に嫁いで、苦労したのだろう。
名優・根岸季衣をキャスティングしているにしては出番が少なかったが、最後に不器用な愛情や、嫁として人生を捧げてババアになってしまった悲しみが一瞬で立ち上ったのは根岸さんだからだろう。
昭和のドラマ好きならピンとくるのが、山田太一脚本『ふぞろいの林檎たち』。このドラマで根岸さんは姑にいびられる嫁を演じていた。体が弱く子どもが産めなくて姑につらく当たられる。夫役は小林薫。この夫婦の関係がいい。『風、薫る』の貞にもきっと奥田家で生きてきた歴史がある。
そういえば、『ふぞろいの林檎たち』の手塚理美と石原真理子が演じていたのは看護学校生であった。
おお、『ふぞろい〜』と『風〜』がこんなところでつながった!
さて。お母さんに叩かれた亀吉を演じた三浦貴大さんのコメントを紹介しよう。
――亀吉の人物像をどのように感じていらっしゃいますか?
脚本を読んで、時代的に亀吉のような人間がいることは想像できますし、役として演じるのはおもしろいと思ったのですが、僕個人としては「この人あまり好きじゃないな」という印象でした……。まずは当時のことを調べながら時代背景などを理解し、自分の中に落とし込んでいくことから始めました。
亀吉は飛脚から一代で運送業を成功させた人なので、ビジネスのセンスがある人だと思います。苦労もしたと思いますし、ここまでの道のりでは妬まれたり周りから妨害されたりしたかもしれません。
「奥田屋」を成功させるために元家老の娘・りんを妻に迎えるわけですが、いざ結婚してみると身分がない自分への劣等感が刺激され、それが被害妄想に近いものになってしまっている人ではないかと思います。
まっすぐな性格だとは思うので、前妻との息子と同じ歳であるりんと複雑な思いで向き合っているのかなと想像しています。主人公のりんが新しい道へ向かっていくためのターニングポイントとして、その時代の結婚観や男女の関係性を象徴する役割を演じ切りたいので、見ている人には「亀吉をぜひ嫌いになってほしいな」という気持ちで演じています。
亀吉の公式紹介文は「(前略)明治時代になって運送業をはじめ、一代で財を成した。老舗の店主たちからは冷ややかな目で見られている」とある。老舗の店主たちから冷たくされる疎外感と戦ってきた苦労人なのかと思うと嫌いになれない気もしてしまう。









