将来的に5人に1人がなると言われている「認知症」。運や遺伝によってなると考える人も多いが、じつは意外な習慣によって、そのリスクを高めてしまうことがわかった。その影響は20代から始まっているとも言う。
その事実を紹介したのが、オックスフォード大学の研究員として世界的難病の治療法の発見に貢献し、現在は医師としても活躍する脳と糖の専門家である下村健寿氏の著書『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』だ。認知機能を崩壊させる「黒幕」の正体や、そのメカニズム、そして脳を守るための習慣を紹介した同書から、一部を抜粋・編集し紹介しよう。(構成/ダイヤモンド社・石井一穂)

認知症に「なりやすい人」と「なりにくい人」を分ける、「習慣」の決定的な違いPhoto: Adobe Stock

1986年に行われた研究「修道女スタディ」

 年齢を重ねれば、誰しも認知症のリスクは高まる。

 しかし実は、「脳の状態」と「認知機能」は、必ずしも一致しない。

 元オックスフォード大の医学研究者であり、医師としても活躍する「糖と脳」の専門家である下村健寿氏は著書『糖毒脳』で、ある研究を紹介している。

 それは、1986年にデビッド・スノウドン博士がノートルダム修道女会のシスターたち678人を対象に行った、通称「修道女スタディ」と呼ばれる研究です。
――『糖毒脳』より引用

 なぜ被験者に修道女が選ばれたのか。

 修道女たちは同じような食事をとり、酒やタバコもたしなまず、同じ屋根の下で安定した生活を送っている。つまり、生活習慣の差を最小限に抑えられる「理想的被験者グループ」だったのだ。

 この研究では、修道女たちは認知機能テストに協力するだけでなく、死後の脳の提供にも同意していたという。

なぜ「シスター・メアリー」は認知症にならなかったのか?

 そして亡くなったシスターたちの脳を調べていくと、ある衝撃的な修道女が発見された。

 彼女の名は、シスター・メアリー。彼女は101歳で亡くなる直前まで聡明で、周囲の人々と活発に交流し、認知機能テストでも満点に近いスコアを出し続けていました。ところが彼女の脳を解剖してみると、驚くほど大量のアミロイドβが蓄積していたのです。
――『糖毒脳』より引用

 アミロイドβ(ベータ)は、アルツハイマー病の原因とされる物質の一つだ。

 医学的な診断基準に照らせば、彼女は間違いなく末期のアルツハイマー病であり、日常生活さえ困難なはずの状態だったという。

 それにもかかわらず、認知機能はほぼ正常。

 この矛盾した事実が、その後の医学会に重要なヒントを与えた。

認知症に「なりにくい人」の共通点

 なぜこのようなことが起きたのか。

 研究の結果、こんな答えが導き出された。

 研究の結果として導き出された答えは、脳の「神経回路(ネットワーク)の密度」にありました。
 アルツハイマー病が脳細胞を破壊し、メインの幹線道路を寸断したとしても、脳内に無数の裏道(バイパス)が張り巡らされていれば情報は目的地にたどり着くことができます。これを専門用語で「認知予備能(Cognitive Reserve)」と呼びます。

――『糖毒脳』より引用

 実際、シスター・メアリーをはじめ多くの修道女は、知的な活動を日常的に続けていたことで、脳の中に多くの「回路」が張り巡らされていたと考えられている。

 シスター・メアリーをはじめ、認知症の発症を免れた女性たちは皆、最期まで読書を楽しみ、社会問題について議論し、日記を書き続けていました。興味深いことに、20代の頃に書いた自叙伝の文章が複雑で表現力豊かだったシスターほど、将来の認知症リスクが低いことも判明しました。
――『糖毒脳』より引用

 知的な好奇心と、喜びや感謝に満ちたポジティブな感情が、認知症に対する強固な「防波堤」を脳の中に築いていたと言える。

 若い頃の習慣も影響していたというから驚きだ。

 日々の生活の中で、考え、表現し、他者と関わっているか。

 そして、脳内にどれだけ多くの「回路」を育てているか。

 それが、認知症に「なりやすい人」と「なりにくい人」を分ける決定的な違いとなっていたのだ。

(本稿は、『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』の内容を引用して作成した記事です)

下村健寿(しもむら・けんじゅ)
福島県立医科大学卒。同大副理事、医学部病態制御薬理医学講座主任教授。現役内科医でもある基礎医学研究者。日本糖尿病学会東北支部学術評議員。日本内科学会認定内科医。医学博士。群馬県前橋市出身。2004年、日本で働いていた大学医学部から、英国オックスフォード大学への就職を試み、執念の就職活動を実らせて成功。オックスフォード大学正式研究員として、世界を代表する生理学者フランセス・アッシュクロフト教授の薫陶を8年間受けた。その間、新生児糖尿病治療法の発見という世界的快挙に貢献。新生児糖尿病の最重症型であるDEND症候群の脳神経症状治療有効例を報告した論文は米国神経学会誌「Neurology」よりEditorial論文に選出された。貢献を認められて2006年と2010年にオックスフォード大学メリット賞を2度受賞。日本帰国後は、新生児糖尿病に加えて肥満・2型糖尿病などの生活習慣病について、インスリン分泌や脳機能の観点から研究している。