「投稿したあと、何度も何度も反応を見てしまう」
「本音を書いたあとで、急に恥ずかしくなって消してしまう」
SNS疲れを感じる人は少なくない。しかし、その疲れの原因はSNSそのものではなく“自分との関係”にあるかもしれない。
文筆家・土門蘭氏の著書『ほんとうのことを書く練習』では、「書くこと」と「自由」の関係について語られている。本記事では、「書いているのになぜ不自由になるのか」、について書かれた内容をもとに考えていく。(構成・写真/ダイヤモンド社書籍編集局・今野良介)
だんだん自分が見えなくなっていく
SNSで疲れている人には、ある共通点がある。
「本来の自分」ではなく、「求められる自分」を出し続けていることだ。
『ほんとうのことを書く練習』には、こんな一節がある。
「なるほど、こういうのが喜ばれるのか」と学習して、「今後もそうしよう」と考えるようになる。
――『ほんとうのことを書く練習』より
――『ほんとうのことを書く練習』より
これは非常にリアルだ。
・この投稿は伸びた
・これはスベった
・このキャラがウケる
・このテンションが求められている
そうやって少しずつ、データに合わせた「演じる自分」が育っていく。
「どうすれば愛されるんだろう?」
最初は小さな違和感かもしれない。
でも、それを続けているうちに、だんだん本書が言う「不自由」な状態になっていく。
周りの人の求めるものを書こうとして、求められないものは書かないようになる。結果、書くものすべてが誰かの真似事になったり、誰かの言いなりになっていく。
――『ほんとうのことを書く練習』より
――『ほんとうのことを書く練習』より
SNS疲れの根本的な原因は、「発信量の多さ」や「情報洪水」などではない。
“自分ではないもの”を出し続けることによる消耗だ。
だから本書はこう言う。
「つながる前に、ひとりになろう。」
発信の前に、自分を取り戻す。
それがSNS時代にいちばん必要なことかもしれない。
(本稿は、『ほんとうのことを書く練習 「わたしの言葉」で他者とつながる文章術』の内容を引用して作成した記事です)








