「売上は戻せる。でも…」アサヒ社長がサイバー攻撃の極限現場で下した「涙の決断」Photo:JIJI

昨年秋、アサヒビールは未曾有の混乱に陥った。ランサムウェア攻撃によって、大規模なシステム障害に見舞われてしまったのだ。今年2月には物流業務全体が正常化したが、多くの社員らには多くの負担を強いられた。重い決断を強いられた社長の言葉から学ばされることも多い。(イトモス研究所所長 小倉健一)

「昭和に逆戻り」した環境で現代の莫大な供給を支えられるか

 アサヒビールの巨大なビール倉庫で、普段は機械的に数量計算できるはずのビール樽が、人間の手によってひとつずつ数えさせられる事態になってしまったーー。

 2025年9月29日の朝、アサヒグループホールディングスを襲ったサイバー攻撃は、日本を代表するトップ企業を一瞬にして奈落へと突き落とした。通常、工場の生産量や出荷在庫は、受注管理システムが自動的に計算し、最適な数字を瞬時に弾き出す。

 しかし、ロシアを拠点とするハッカー集団「Qilin(キリン)」が仕掛けた身代金要求型ウイルス、いわゆるランサムウェア攻撃は、アサヒグループホールディングスの根幹を成すデータセンターの暗号化を強行し、すべての機能を停止させてしまったのだ。

 ランサムウェアとは、企業のネットワークに侵入し、大切なデータを暗号化して読み取れなくするウイルスのことである。元に戻すための鍵が欲しければ、莫大なお金を支払えと脅迫してくる。近年では、データを暗号化する前に機密情報を盗み出し、お金を払わなければインターネット上に公開すると二重に脅す手法が主流である。

 営業担当者はタブレット端末を置き、ノートとペンを手に飲食店を回り、手書きで注文を聞き取った。受注管理システムが全く機能しないため、工場や物流拠点の担当者は表計算ソフトに数字を手入力し、毎日出荷される3万本のビール樽を直接目視で数え、紙の伝票で集計を続けた。

 当時、飲食店に「スーパードライ」が入荷しづらくなっていたのを、私も思い出す。度重なる機会損失に、アサヒビールの社員はさぞ悔しい思いをしたことだろう。