学校の授業で学ぶ歴史には、偉人たちの輝かしい功績や「すごい」エピソードが数多く登場します。しかし、どんな人物にもそれだけでは語れない一面があります。歴史をひもとくと、「すごい」人の中にも、思わず目を疑うような「やばい」行動や選択が、数多く記録されているのです。
そんな「すごい」と「やばい」の両面から、日本史の人物のリアルな姿に迫るのが『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』。本原稿では、本書の内容を引きながら、「日本史上のやばい人物ベスト3」を紹介する。(ダイヤモンド社書籍編集局・三浦岳)

【秀吉でも家康でもない】歴史好きなら納得する「日本史上やばい人物」ベスト3Photo: Adobe Stock

偉人はやばさにこそ魅力がある

 日本史には、「すごい」を通りこして「やばい」と言いたくなる人物がいる。何をするにも超強引だったり、発想が極端だったり、時代を先取りしすぎていたりする人物だ。

 ここでは『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』から、日本史上屈指の「やばい人物」を取り上げたい。

第3位 小栗忠順――無能な役人を「うんこ製造機」よばわりする

 幕末、日本が「攘夷か開国か」で揺れる中、現実的な答えを明晰にとらえていたのが幕臣の小栗忠順だ。

(小栗は)「日本の未来のためには、逆に外国から学ぶべき!」とアメリカへ行き、日本の外交・経済の近代化を推し進めました。――『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』より

 彼は渡米して見聞を広め、帰国後は、日本に近代工業の基盤をつくろうとした。その象徴が横須賀製鉄所である。ここまでは「先見性のある優秀な官僚」だ。

 一方で、やばいのはここからだ。

 小栗はあまりにも頭が切れすぎて、周囲の役人に対して容赦がなかった。

 そして、「あいつらは製ふん機だ」と言っていたという。つまり、「飯を食って出すだけのうんこ製造機」という意味である。外国にビクビクし、自分で動かない幕府の役人たちに、露骨にキレていたのだ。

 さらに大政奉還後は、「新政府軍と戦うべきだ」と主戦論を唱え、作戦を立てるが理解されない。結果、すべての役職を解かれ、失脚。

 しかし、小栗が考えていた作戦は実際には鋭いものだった。

 その作戦が実行されていたら負けてたかも……と新政府軍が恐れたそうです。――同書より

 その後は群馬で静かに暮らしていたが、小栗の頭脳を恐れた新政府軍は「反乱を企てている」というデマを元に逮捕し、裁判もなく処刑した

 41歳。あまりに早すぎる最期だった。時代を先取りしすぎていた、すごくてやばい人物だった。

第2位 北条政子――言うことを聞かない息子の暗殺疑惑がある

 鎌倉幕府の初代将軍・源頼朝の妻であり、その死後に幕府の実権を握ったのが北条政子である。

 じつは、源頼朝と北条政子の息子は、ふたりとも非業の死をとげている

 長男の頼家は、母の実家である北条氏を遠ざけ、妻の実家である比企氏を重用するようになり、幕府内の主導権争いが激化した。その結果、比企一族は滅ぼされ、頼家も幽閉される

 北条政子のやばさは、こうした対立の中で頼家と実朝が命を落とす事態に至りながら、結果として体制が維持され、幕府の実権が北条氏に集中していった点にある。

 幽閉された頼家は、以下のような最期を迎える。

 頼家は、入浴中に首にひもを巻きつけられ、ふぐり(金玉)をちぎられるというグロい方法で暗殺されてしまいました。――同書より

 頼家も実朝も、政子が直接暗殺を命じた記録はない。だが「息子への情よりも政権の安定を選んだのでしょう」というのが本書の見立てだ。

 結果として幕府の実権は北条氏に集中し、その後の体制が形づくられていくことになる。

第1位 織田信長――石を「神」として拝ませる

 織田信長のやばさは、強さだけではない。

 人にどう見えるか、人をどう驚かせるかに異常なほどこだわったところにある。

 たとえば安土城でのふるまいが典型だ。信長は、正月に大勢の武将を豪華な城に招き、その壮麗さを見せつけている。

 そこまではまだ分かる。だが、信長は見物が終わったあと、なんと見物料まで取ったという。

 武将たちが見物を終えると、なんとかれは自ら出口で現代でいう1万円ほどの見物料を徴収したのです。――同書より

 これは金がほしいというより、「金を払う価値があるほどの城なのだ」と思わせる演出だったのだろう。

 相手を圧倒し、モノの価値を自分が決める。その演出の徹底ぶりが信長らしい。

 信長の演出欲は、これだけにとどまらない。

 安土城の中の寺に大きな石を置き、それを「神」として拝ませたり、自分の誕生日を「聖日」としたりしたという。

 ふつうの石でも、信長が「これは神だ」と言えばみんな従ったのです。――同書より

 さらに、お盆には安土城を灯りでライトアップし、人々を驚かせた。

 信長は単なる武将ではない。どうすれば人の目を奪えるか、どうすれば記憶に残るかを考え抜いた、戦国時代のイベントプロデューサーでもあったのだ。

(本原稿は『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』に関連した書き下ろし記事です)