街中で取材・撮影を行うテレビ制作スタッフの様子写真はイメージです Photo:PIXTA

思い出すだけで顔が熱くなる――そんな失敗を、いまだに引きずってはいないだろうか。人前でうまくいかなかった経験や、思いが伝わらなかった悔しさは、簡単には消えないものだ。しかし、その恥ずかしい出来事の中にこそ、次につながる大切なヒントが隠れていることもある。フリーアナウンサーの藤井貴彦氏が、自身の失敗談から見えてきた「伝えること」の難しさと学びを振り返る。※本稿は、フリーアナウンサーの藤井貴彦『伝える準備』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を抜粋・編集したものです。

知名度ゼロの中で挑んだ
新人時代の街頭ロケ

 私のいやだった仕事、聞いてもらえますでしょうか。いやというより、とっても恥ずかしかった思い出です。

 私がまだ20代後半だった頃、初めてニュース番組の司会に起用してもらいました。その番組はすでに何年かの歴史があったのですが、新たに起用される私のことを宣伝するためにPR動画を作成してくれることになったのです。

 その撮影ロケ地が、人通りの多い東京・渋谷のセンター街。もちろんそこにいるのは若い人が中心です。ニュースはあまりご覧になっていない世代……。すでにいやな予感はありました。

 撮影の内容はというと、いくつかのまあまあわかりやすいヒントを出して、新しい司会者は誰かを当ててもらうというもの。当ててもらったら、建物の陰に隠れていた私が登場して、わーいとなる想定です。でも、私の知名度は私が一番知っています。かなりいやな予感はしていました。

 撮影が始まり、何人かが答えてくれましたが、当たりません。渋谷でも世間でも、私のことを知っている人なんてほとんどいません。ほどなく方針が変更され、「当たらなくても私が登場する」ことになりました。