田中角栄氏 Photo:JIJI
政界の大物・田中角栄が贔屓にした芸者・辻和子と築いたのは、単なる愛人関係ではなかった。辻和子とは角栄にとってどのような存在だったのか。芸者の人生を支える“旦那”として、公に関係を結ぶ制度「水揚げ」の実像を手がかりに、田中角栄と辻和子の関係性のあり方を読み解く。※本稿は、本橋信宏『花街アンダーグラウンド』(駒草出版)の一部を抜粋・編集したものです。
お座敷ではなく土手で交わした
芸者・辻和子と田中角栄との会話
辻和子著『熱情 田中角栄をとりこにした芸者』(講談社・2004年)には、それまで封印してきた芸者時代のエピソードが綴られている。
田中角栄と終戦直後、お座敷以外で言葉をはじめて交わした場面がある。
飯田橋の土手の上から円弥――辻和子に手を振っている青年がいた。田中角栄だった。
〈「おい、円弥、こんな朝早くからどこへ行くんだ」
「おはようございます。これから慰問に行くんですよ」
「えー、そりゃあ大変だなあ、気をつけて行きなよ」
「はい。夜はよろしくお願いします」〉
「おはようございます。これから慰問に行くんですよ」
「えー、そりゃあ大変だなあ、気をつけて行きなよ」
「はい。夜はよろしくお願いします」〉
“夜”というのはお座敷のことである。未来の総理大臣は、このころ、神楽坂近くの南町から飯田橋にある田中土建に歩いて出勤していた。
田中角栄はすでに本妻がいた。だが円弥――辻和子への熱情は消せなかった。田中角栄から好意を持たれていることは知っていたが、辻和子はそれ以上に角栄のことを好きになっていた。
意外なことだが、角栄は洋画、なかでも恋愛映画の大ファンで、辻和子とのデートには2人で甘い恋の映画に酔いしれるのだった。







