脳の電気信号を測っていた男と
AIの“性格”を設計する哲学者

 この企業の異質さを最も端的に示すのは、幹部陣の出自・経歴でしょう。

 CEOのダリオ・アモデイ氏は、コンピュータサイエンスの出身ではありません。プリンストン大学で生物物理学の博士号を取得し、神経回路の電気生理学を研究していました。実験室で脳の神経細胞が発する微弱な電気信号を1つ1つ測定し、生物の脳がどのように情報を処理しているかを解明しようとしていたのです。生物学的な脳の複雑さを身体的に知っているからこそ、人間が作り出した「知能」が制御不能になるリスクを、抽象論ではなく肌感覚として理解している。それがおそらく、彼がAIの安全性に人生を賭けている理由の1つでしょう。

 興味深いのは、ダリオ氏が「スケーリング・ロー(規模の法則)」、つまり「AIモデルの規模を大きくするほど性能が飛躍的に向上する」という法則の提唱者の1人でもあることです。彼はAIの可能性を誰よりも信じています。モデルを大きくすれば知能は飛躍する。しかし同時に、その飛躍が人類の制御を超える瞬間が来ることも、誰よりもリアルに想像できる。AIを大きくすべきだと信じている人間が、同時にその危険性に最も敏感である。この矛盾の中に、Anthropicという企業の本質があります。

 社長を務めるのは妹のダニエラ・アモデイ氏。英文学、政治、音楽を学び、OpenAIでは安全性・政策担当の副社長を務めていました。技術者ではありません。兄が技術的ビジョンを描き、妹がそれを事業と組織として成立させる。この兄妹の役割分担自体が、「技術だけでは完結しない」というAnthropicの思想を体現しています。

 アモデイ兄妹だけではありません。AnthropicでAIの性格設計チームを率いているのは、哲学者のアマンダ・アスケル氏です。倫理学の博士号を持つ彼女は、AIのトレーニングを「ソフトウェアのプログラミング」ではなく、「性格の形成」に近いプロセスだと表現しています。