パン職人にはなれない。
でも、パン屋の経営はできる

 その応募を見つけたのが、東京でデジタルマーケティングの会社を営んでいた大津氏だ。

 宮崎出身の彼女は、22歳で上京。グラフィックデザイン事務所やモバイルコンテンツ企業を経て、広告代理店に転職した。デジタルマーケティングの最前線でキャリアを積み、32歳で独立。東京で着実に地盤を築いていた。

 転機はコロナ禍だった。地元に帰省できなくなったことで、かえって両親への思いや地元愛が深まっていく。行動制限が緩和されてからは、息子を連れて定期的に宮崎の実家に帰るようになっていた。

 帰省を重ねる中で、子どもが宮崎の良さを知り楽しんでいる様子を見て、「たびたび宮崎に帰る『理由』が欲しい」と思うようになっていった。そして、あるときふと「宮崎に仕事があればいいんだ」と思いつく。

 とはいえ、Uターンするのであれば、どこかの会社に入るのではなくて、自分で事業を興したい。しかし、自分の拠点は東京にある。それならば、宮崎の企業を事業承継し、自身の会社の新規事業として運営すれば、二拠点生活を支える「帰る理由」になるのではないか。

 そう思いついた彼女は、その勢いで「宮崎 事業承継」と検索。すると、ミカエル堂の後継者募集の記事が目に飛び込んできた。高校生のとき、購買で買っていたあの「ジャリパン」の会社が後継者を探している——。強く引き付けられるものがあり、何度もミカエル堂の記事を読み返した。

 小売店を運営した経験もなく、経営スタイルもひとり法人だ。それでも、今の時代、何かになるためのノウハウは溢れている。きっと自分にもできるはずだと、独学を重ねるなかで、大津氏は一つの結論に達する。

「パン職人にはなれない。でも、パン屋の経営はできる」

 確信を得た彼女は、満を持して後継者として応募した。

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