だからこそアジアで生まれた最初の兆しを見逃さなかった。その動きをアメリカのチームに伝えることができた。2000年代までの「全米進出」とは全く異なる経路だ。
2021年7月にYOASOBIは「夜に駆ける」の英語版「Into The Night」をリリースしている。ikuraの流暢な発音と、「沈むように」を「Seize a move, you’re on me」と訳すなど日本語の響きを損なわない翻訳が話題となったこの曲の時点で、グローバルヒットを意識した戦略はすでに始まっていたのだ。
2022年12月、YOASOBIは初の海外ライブを行った。場所はインドネシア・ジャカルタとフィリピン・マニラ。88rising主催のフェス「Head In The Clouds」のステージだ。彼らを待っていた観客の熱気は予想を超えるものだった。
登場のアナウンスが流れた時点で割れんばかりの歓声が上がり、1曲目の「夜に駆ける」の時点でオーディエンスの興奮はピークに達する。大きな一体感を生み出したこの曲だけでなく、「群青」や「たぶん」など、ほぼ全ての楽曲で日本語の大合唱が響き渡った。ラストの「あの夢をなぞって」では「オイ!オイ!」というコールも巻き起こった。
この時まだ日本ではライブでの「声出し」が禁止されていた。コロナ禍の真っ只中で活動を始めたYOASOBIにとっては、これが初めて観客のシンガロングを直接浴びる体験にもなった。
筆者の取材にikuraはその時の体感をこう語っている。
「ステージで大歓声をもらった時の喜びと、不安が一気に取っ払われて『やるしかない、頑張れる』って思えたことは印象に残っています」(GQ HYPE「世界が求めるYOASOBIの魅力――その裏にあるAyaseとikuraの葛藤と決意」2025年2月25日掲載)
88risingが育んでいた
YOASOBI歓迎の土壌
なぜ、YOASOBIの初海外ライブはここまでの大盛況となったのか?もちろんストリーミングを通じて彼らの楽曲が現地のファンに深く浸透していたことが最大の理由だ。
だが、それに加えて88risingが主催したフェスという「場」の力がとても大きかった。
88risingとは、日系アメリカ人のショーン・ミヤシロが「アジアのカルチャーシーンを世界に向けて発信する」ことを目指して2015年にスタートしたレーベル兼メディアプラットフォームだ。
『ヒットの復権』(柴 那典、中央公論新社)
彼らは「アジアのポップカルチャーはクールである」という新たな価値観を提示し、目覚ましい速度で発展を遂げた。ニューヨーク、ロサンゼルス、上海に拠点を置き、2016年から2018年にかけて、同レーベルからは韓国出身のキース・エイプ、インドネシア出身のリッチ・ブライアンやニキ、中国出身のハイヤー・ブラザーズなど所属アーティストを続々とブレイクさせた。彼らはヒップホップとR&Bを軸足に、K-POPとはまた異なる文脈でアメリカの音楽シーンに「エイジアン・コミュニティ」の存在感を確立したのである。
2018年11月には大阪出身のオーストラリア系日本人シンガーJojiのデビューアルバム『BALLADS 1』が全米R&B/ヒップホップアルバムチャートにおいてアジア人初となる1位を獲得している。
2018年にはアメリカ・ロサンゼルスでフェス「Head In The Clouds」を初開催し、YouTube発の現象を現場の熱気に結びつけた。パンデミックによる中断を挟みつつ、フェスは毎年拡大。
2022年12月のジャカルタ・マニラ公演はフェスにとっても念願のアジア初開催だった。数年かけて育まれたコミュニティの待望のムードが、YOASOBIを待っていたのである。







