◆ピョートル1世に学ぶ、組織を急成長させるナンバー1の秘訣とは?
【悩んだら歴史に相談せよ】『リーダーは日本史に学べ』の著者が、舞台を世界へ広げた『リーダーは世界史に学べ』。東京大学・羽田 正名誉教授の監修のもと、世界史に名を刻む35人の言葉から、現代のビジネスに必要な「決断力」「洞察力」「育成力」「人間力」「健康力」と5つの力を磨く術を解説する。
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強い組織はなぜ外へ出るのか?
ピョートル1世の「視察力」
皇帝が偽名で「見習い」になった理由
現場に飛び込む学習法
ピョートル1世がロシアを飛躍的に発展させるために不可欠だと考えたのは、西ヨーロッパの「先進国モデル」を直接学ぶことでした。
1697年、彼は250人規模の大使節団を西ヨーロッパへ派遣します。その目的は、オスマン帝国に対抗する同盟への参加を打診するとともに、最新の造船、航海、軍事技術を吸収することにありました。
驚くべきことに、この使節団にはピョートル1世本人も「ピョートル・ミハイロフ」という偽名で加わっていました。名目上の使節としてではなく、実地で学ぶ「一人の見習い」としてヨーロッパを訪れたのです。形式にとらわれず、現場に飛び込み、自らの目で見て、手で触れ、動かしてみる。それこそが彼の学びのスタイルでした。
当時「海洋帝国」として名を馳せていたオランダに長期滞在した彼は、東インド会社の造船所で実際に船大工として働く許可を得ます。一国の皇帝(ツァーリ)が作業服を着て汗を流すという異例の光景には多くの見物人が詰めかけ、その様子は各国に伝えられました。
しかし、これは決して単なるパフォーマンスではありませんでした。軍艦の進水式にも立ち会い、最先端の造船技術を本気で体得しようと情熱を注いでいたのです。
技術より重要だった「制度」と「人」
招聘による国力の底上げ
ピョートル1世の学びは造船だけにとどまりません。ヨーロッパ滞在中は、大学や病院、造幣局、博物館、議会、天文台などを次々と視察し、最新の知識と制度を貪欲に吸収していきました。そのうえで、医師やエンジニア、学者、画家など、各分野の優秀な人材を高給でロシアへ招聘したのです。
彼らはその後、軍事改革や都市設計、医学教育、文化振興といったさまざまな分野で大きな貢献を果たすことになります。なかでも象徴的なのは、ピョートル1世が連れて帰ったアフリカ系の少年を軍人として育て上げ、後に将軍にまで昇進させたという逸話です。出自や人種にとらわれず、個人の能力と可能性を重視するそのまなざしは、当時としては極めて破格のリーダー観でした。
ピョートル1世が西ヨーロッパから持ち帰ったのは、単なる技術や制度だけではありません。それは「自ら学び、取り入れ、行動に移す」ことの重要性であり、「人を育て、活かす」ことで国家は飛躍的に発展するという強い確信でした。造船所で得た経験は、やがて本格的なロシア海軍の創設へとつながり、黒海やバルト海の制海権を巡る戦いの強固な土台を築き上げました。



