民主主義というと、選挙や議会を思い浮かべる人が多いだろう。だが、その出発点には「政治に参加する者は、自ら武器を取り、共同体を守る」という重い条件があった。古代ギリシアやローマ、ゲルマン社会、そしてスイスへと受け継がれた市民皆兵制は、軍役と市民権を表裏一体のものとしてきた。なかでもアルプスに囲まれたスイスでは、古代以来の制度や慣習が比較的残りやすかった。本記事は、『地図で学ぶ深読み世界史』の一部を抜粋したもの。なぜヨーロッパで「戦う市民」が民主主義の土台となったのかを、地理と歴史の両面からひもといていく。

【大人の教養】民主主義の原点は「戦う市民」だった? 古代ヨーロッパの重すぎる仕組みPhoto: Adobe Stock

ヨーロッパ世界の社会・軍事的伝統とは?

 スイスはヨーロッパの歴史においては、長らく辺境に位置していました。現在のスイスはフランス、ドイツ、イタリアといった主要国に囲まれており、これは前近代においても同様です。

 しかし、国土の6割を占めるスイス・アルプスが他地域との交流を阻み、このため古代からの慣習や伝統が、比較的守られやすいという土壌にありました。この、スイスで守られた「古代からの伝統」とは、軍事制度と社会制度が密接に結びついたもので、これは「市民皆兵制」という名で呼ばれることが多いです。市民皆兵制とは、字義通りに解釈すると「市民が皆(みな)兵になる」というもので、これはその実態ともさほど差はありません。

「政治に参加したければ戦え」とはどういうことか

 もう少し詳しく見ていきましょう。市民皆兵制とは、「市民権の条件として軍役を課す」、あるいは「政治参加の条件は軍事的な貢献が要求される」というもので、かいつまんで言えば「戦争と政治参加のバーター取引」とでも見なすことができるでしょう。

 古代のヨーロッパ地域は、いずれも部族社会が前提となっており、部族民が政治に直接参加することが普遍的に見られました。したがって、古代ヨーロッパの部族社会は、必然的に直接民主政の形態を採ることになります。前8~前4世紀の古代ギリシアでは、ポリスと呼ばれる都市国家が部族社会の基本単位をなし、その政策決定は「民会」によるものでした。民会とは、ポリスの全市民が集まり政策を協議する部族集会(ないし会議)のことです。下図を見てください。

【大人の教養】民主主義の原点は「戦う市民」だった? 古代ヨーロッパの重すぎる仕組み出典:地図で学ぶ「深読み」世界史

武装した市民が民会に集まった古代ヨーロッパ

 しかし、誰もが無条件に民会に参加できるわけではありません。民会に参加できる条件は、市民であることです。「市民」とは「市民権」を有する住民(とりわけ自由民=非奴隷身分)であり、その市民権の条件が軍役、すなわち軍事的な貢献なのです。古代ギリシアでは、ポリスの市民は自らの財産で武装し、従軍することで参政権を認められます。とりわけ平民を中心に歩兵として参戦したため、武装した市民は重装歩兵(ホプリテス)と呼ばれ、これはローマでも共和政期の前2世紀末まで同様でした。

 スイスの源流をなすのは、先住のケルト人やアルプス以北に居住したゲルマン人で、その社会伝統にも市民皆兵制は根付いていました。古代のゲルマン人は都市国家こそ持たなかったものの、ローマ人がキウィタスcivitasと呼んだ部族国家を形成し、これらキウィタスの社会制度も、ギリシア・ローマと似通ったものでした。ゲルマン人もローマ人が「民会」と呼んだ部族集会を開き、これに参加できるのは自由民に限られ、参加者は武装して列席することが習わしとなっていました。