科学哲学者のカール・ポパーが提唱した「反証可能性」(提案されている仮説が、実験や観察によって反証される可能性があること)を、彼女の占術システムは巧妙に回避していたのである。科学的理論は、どのような事象が起きれば理論が間違っていると証明できるかが明確でなければならないが、細木氏の論理は反証できない巧妙な仕掛けがあった。
例えば、誰かに「このままでは病気になる」と警告したとする。実際に病気になれば「占いが当たった」となる。
病気にならなかった場合は、「厳しく警告し、本人が気をつけたから難を逃れた」あるいは「先祖供養をしたおかげで大難が小難で済んだ」と説明される。
結果がどう転んでも、最終的には権威と占術の正しさに回収される仕組みであった。占いが当たらないという批判は、この強固な自己正当化システムの前では無力であった。
暗い日本社会に生きる人々が渇望、「大殺界」という強力な概念
また、爆発的な人気を得た背景には、1990年代から2000年代にかけての日本社会が抱えていた深い心の闇があったのかもしれない。
バブル経済が弾け飛び、終身雇用が崩れ去る中で「自己責任」という言葉が社会に浸透していった。重圧に押しつぶされそうになった人々は、迷いを断ち切ってくれる強いリーダーシップや、直感的でわかりやすい答えを渇望していたのである。
書いていて、ふと思ったが、時代のせいだというよりも、細木氏のように、迷いを断ち切ってくれる助言者の必要性は、いつの時代にもあるのだろう。
世の中に、もっとも強力な影響力を持ったのが「大殺界」という概念である。何をやってもうまくいかない絶対的な不運の時期を指し、新しい行動を厳しく禁じた。このシステムは、残酷な自己責任社会を生きる人々にとって、最高に都合の良い「免罪符」として機能していた。
不幸や失敗の原因を、自分自身から「抗うことのできない外部の力」へとずらすことができる。失敗の理由を自分以外の強大なシステムが説明してくれる機能自体が、巨大な心の救済となっていたのだ。







