何が本当なのか
7話からの転換
このドラマを単なる人物伝で終わらせていないのが、7話からの転換だろう。
伊藤沙莉演じる魚住は、デビュー作から10年経っても2冊目を出せていない。超有名人である細木数子をモデルにした小説を出せばヒット間違いなしではあるが、本人はどのように書けば良いのか葛藤を抱いている。
悩みつつも細木の経歴を編集者とともに聞くうちに、辛酸を舐めてきた細木にいったんは同情し、その人生に面白みを感じる。細木も魚住を気に入った様子を見せる。
しかし、細木に縁を切られた弟・久雄(細川岳)に魚住が話を聞きに行ったことをきっかけに、物語は別の様相を見せる。細木数子が語る美談は、第三者が見ていた事実とはまったく異なることを、魚住は知るのである。
細木久雄を演じた細川岳 Netflixシリーズ「地獄に堕ちるわよ」Netflixにて世界独占配信中
彼女は唖然としながらも、小説を完成させる。裏と表、光と影のある細木数子の人生を書き上げる。魚住に細木を批判する意図はなく、一人の人間の複雑さを作家として書き切ったのだろう。それを細木がどう受け取るかが、最終回の見せ場となっている。
魚住のこの姿勢は、そのままこのドラマのスタンスと重なっている。実在の人物・細木数子を、フィクションの中でどのように扱うか。悪評もあった人物なのだから、良いことばかり書くわけにはいかない。しかし一方的に断罪するのも違うだろう。
ドラマを通じて、視聴者は作り手側の葛藤も含めて共有することになる。魚住役が、朝ドラ『虎に翼』で女性から絶大な支持を受けた伊藤沙莉であることが、ここで効いてくる。
フィクションは事実とは異なる。しかし、事実をまったく反映していないかと言えばそうではない。語り手によって物語は変わり、どの語り手を信じるかは受け手に委ねられている。物語の作り手と受け手は、ある意味で共犯者になる。そのことを見る人に突きつけるドラマでもある。
このドラマが描いているのは、単なる一人の成功者の半生ではない。誰かが語る「成功の物語」が、どのように作られ、どのように消費されていくのか。その構造そのものでもある。
細木数子の人生は、語り手によって異なる像を見せる。だがそれは特別なことではない。SNSやメディアを通じて、私たちは日々、誰かの「編集された人生」を見ている。それはどこまでが真実なのか。
本作は、私たちは何を信じ、どの物語を受け入れているのかを問いかける。『地獄へ堕ちるわよ』は、世に伝播(でんぱ)する物語の責任が私たちにもあることを突きつける作品なのである。
『地獄に落ちるわよ』
登場キャラクターを見る
暴力団総長・堀田雅也を演じた生田斗真 Netflixシリーズ「地獄に堕ちるわよ」Netflixにて世界独占配信中
歌手の島倉千代子を演じた三浦透子
滝口組組長・滝口宗次郎を演じた杉本哲太







