曖昧で漠然としている上に、国や時代、環境が変われば、定義もたやすく移り変わっていくもの。しかし、どんな状況下にあっても「頭のよさ」にまつわるひとつの共通認識があります。それは、「過去への評価」という側面です。
「へえ、○○さんは頭がいいんですね」という言葉が私たちの口をついて出る場面を思い返してみてください。多くの場合、相手の過去の功績に対してのケースが多いのではないでしょうか。
いま、ここにいる相手に「頭のよさ」を見いだしているよりは、相手の過去の学歴や実績、勲章に対して「○○試験に通るということは、きっと頭がいいのだろう」と評価を下している。そのようなケースのほうがおそらく多いはずです。
つまり、「頭がいいんですね」は、「(過去に)頭がよかったんですね」と言い換えることも可能でしょう。過去の実績の延長線上に「頭がいい」が存在しているのです。
この過去への評価が、いかに現代の能力主義と結びついているのか、話を進めていきましょう。
能力主義と選抜は
相性がいい
過去の「実績」を「能力」とみなして「評価」する。
人間を一列に並べて誰が優秀か、誰が役に立ちそうかを選抜するこの考え方は「メリトクラシー」(meritocracy)と呼ばれるものであり、イギリスの社会学者マイケル・ヤングが1958年に記した著書『The Rise of the Meritocracy』(メリトクラシーの台頭)ではじめて提唱しました。
メリトクラシーとはラテン語の「meritum」(業績、功績)とギリシャ語の「kratos」(力、支配)を組み合わせた造語です。家柄や身分ではなく、その人の業績や成果に基づいて社会的地位や収入を決定するべきだ、という考え方です。身分制度のような、近代以前の封建的な社会制度と比べると、民主的な響きがするのが特徴です。
海外では本来の意味で「業績主義」と訳されるのが一般的ですが、日本ではその名称ではいまいち広がらず、原義からやや離れた「能力主義」という訳語で浸透することになりました。







