カルビーという社名は特別な意味を持つ
1955年、創業者である松尾孝により、松尾糧食工業から「カルビー(Calbee)製菓」へと変更された社名は、特別な意味を持つ造語である。
松尾は当時の栄養学の専門家から、日本人の健康にはカルシウムの摂取が不可欠であるという重要な知見を得た。
ミネラルの代表的な栄養素である「カルシウム(Cal)」と、当時最も国民に欠乏していたビタミンB群の中心である「ビタミンB1(bee)」を組み合わせた名称を採用したのである。ビタミンB1は、ご飯などの糖質をエネルギーに変える働きを持ち、疲労回復にも役立つ大切な栄養素である。
社名はただの記号ではない。人々の健康に役立つ商品づくりを目指すという、公衆衛生や社会貢献への強い祈りが込められているのだ。
1945年の原子爆弾投下により、松尾の故郷である広島は焼け野原となった。終戦直後の日本社会を覆っていた最大の課題は、圧倒的な食糧難と深刻な栄養不足である。当時は、主食であるお米の配給制などに起因して栄養が偏り、脚気をはじめとする栄養失調症がまん延し、多数の死者を出す深刻な社会問題となっていた。
凄惨な光景を目の当たりにした松尾は、栄養豊富で腹持ちの良いものを、飢えに苦しむ人々に提供しなければならないという強烈な使命感を抱いた。不要とされているものを価値あるものに変換し、社会の課題を解決する。「商売は人助け」という根底に流れる哲学は、極限状態の経験から生まれている。
松尾の実践は徹底していた。戦後の食糧難において、松尾は当時産業廃棄物として捨てられていた「米ぬか」に着目した。米ぬかには、不足していたビタミンB1が豊富に含まれている。自ら機械を考案して栄養分を抽出し、野草などを混ぜ合わせた団子を製造して販売した。米ぬかすら手に入らなくなると、次はさつまいもからでんぷんを絞り取った後に残る搾りかすを活用して代用食を作り上げ、飢える人々の命を繋ごうとしたのである。
廃棄物であっても、知恵をしぼって栄養価の高い食品に変える。外見よりも中身の栄養と実質的な価値を最優先する姿勢は、現在のカルビーにも企業DNAとして深く刻み込まれている。







