角栄はほかにも芸者を愛人にしていた。花街では同時に2人以上の芸者の旦那になることはタブーだったので、のちに角栄は円弥以外の関係をすべて切り、正式に円弥を身請けする。水揚げである。
旦那が芸者と特別な関係を
取り結ぶ水揚げの儀式
花街においての水揚げとは、芸者の旦那(スポンサー)になることをさす。1947年、辻和子20歳の夏、8人の芸者衆を招き、2人の仲の証人になってもらった。角栄は本妻がいるので、正式な結婚はできないが、複数の証人の前でこれから先、関係を取り結ぶことを誓った。これは神楽坂特有の水揚げの儀式であり、けじめであった。
「水揚げというと、カネで処女を買うとか、本人の気持ちを無視してなかば無理やりカネの力で手籠めにするイメージがあるけど、本来は結婚だったり、辻和子さんと角さんのように正式な夫婦関係ではなくても旦那として面倒を見ることを宣言したりする。だから芸者にとって水揚げされるのは格上げになったことであり、めでたいことでした」
幼いころから花街に出入りしてきた山科薫(編集部注/筆者の友人で、辻和子の甥)が証言した。
水揚げに選ばれる旦那は、女性経験が豊富で、スポンサーとして絶大な財力を持つ者が自選他薦で選ばれ夜伽をするのが常だった。
花街で旦那を持つのは一流の芸者の証である。
家も家財も生活費もすべて丸抱えで面倒を見る旦那がいれば、住まいだけを提供する旦那もいた。その場合、芸者は本業をつづけ、生活費は自分で稼ぐ。水揚げでもさまざまなコースがあるのだ。これは芸者側の価値観もかかわってくる。
すべて丸抱えだと窮屈で、自由でいたいという芸者も少なからずいる。その場合、旦那がいてもお座敷に上がるから、旦那以外の男との接触は避けられない。芸者を独占しようとするなら、ほかの男との交流をある程度、受容しないといけない。嫉妬深い旦那にとって精神衛生上、よろしくない。旦那というのは本来、独占欲が強いので、よけい気になるところだろう。
百戦錬磨の芸者が証言した
田中角栄の嫉妬深い一面
田中角栄も嫉妬深かったと、辻和子本人が綴っている。
すでに角栄が正式に旦那になっていたとき、踊りの師匠である男にお座敷に呼ばれた辻和子は、酔いも手伝ったのか、師匠とチークダンスを踊った。そのとき、師匠は辻和子の首筋に吸いつき、キスマークをつけてしまった。やきもち焼きの田中角栄をからかってやろうと思っての悪戯だった。キスマークをどうやって誤魔化そうか。辻和子は焦る。女の心理は不思議なもので、キスマークをつけられたときのことをこう綴っている。







