吉田修一と『国宝』の世界写真はイメージです Photo:PIXTA

「歌舞伎役者の家系に生まれれば一生安泰」。そう思われがちだが、現実はまったく逆だ。梨園という閉ざされた世界では、舞台に立ち続ける以外の生き方を選べず、生活に困窮した挙句、身を持ち崩していく役者も少なくない。華やかに見える梨園とは、一度入ったら抜け出せない「小さな水槽」なのだ。映画『国宝』で描かれなかった、歌舞伎役者たちの行く末を追う。※本稿は、批評家の酒井信『吉田修一と『国宝』の世界』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

梨園の閉鎖的な環境で
生きるしかない歌舞伎役者

 吉田修一の『国宝』ではお笑い芸人が、それぞれの芸を切り刻まれながらも、テレビの世界に適合していくのに反して、歌舞伎役者は映画やテレビなど新しいメディアに適応するのに苦労する。歌舞伎の芸は、展開の速いテレビ番組に合わせて、芸を切り刻むことに向いていないのだ。

 歌舞伎は、歌舞伎小屋という空間を意識して作られたものであり、本来は舞台に立つ役者の存在が肉感的に感じられる範囲で演じられるべきものである。大きな動きを伴う演技や抑揚の利いた大声の台詞回しも歌舞伎小屋に向いたもので、映画やテレビなどの映像メディアには適したものではない。

『国宝』の中では、大島渚を想起させる清田誠監督が、喜久雄の演技を次のように酷評し、精神的に追い詰めていく。「歌舞伎役者って、何やらせても演技が臭い」「何度言ったら分かるんだよ!この女形!」と。

 清田監督に怒鳴られるにつれて、喜久雄は他の役者たちからもいじめられるようになり、遂には集団暴行を加えられて「その、女みてぇな顔でもっと喜んでみせろよ」と罵られるに至る。