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いまや全国に450店舗を超える中華チェーンとなった「日高屋」だが、創業当時のラーメン業界は、のれん分けが主流の世界だった。多くの店が“秘伝のスープ”や職人技を重んじ、チェーン展開とは無縁と考えられていたからだ。しかし創業者の神田正氏は、そうした古い業界体質にこそ大きなビジネスチャンスが眠っていると見抜いた。サラリーマンの通勤風景を観察して確信した「外食時代」の到来――ラーメン業界の常識を逆手に取った、その先見性とは?※本稿は、株式会社ハイデイ日高代表取締役会長の神田 正『日高屋 10人中6人に美味しいといわれたい』(日本実業出版社)の一部を抜粋・編集したものです。
サラリーマンの通勤を観察し
外食需要の高まりに気づく
日高屋創業者の神田正は中華料理「来来軒」大宮北銀座店に続き、「来来軒」大宮南銀座店の大ヒットで、「来来軒」の企業化、チェーン化を考えるようになった。神田はある朝、「来来軒」大宮南銀座店から大宮駅東口の駅前に行き、サラリーマンの通勤風景を観察した。
神田流のマーケットリサーチである。高度経済成長時代の1960年代、サラリーマンの7~8割は、妻の作った愛妻弁当を小脇に抱えて出勤していた。
「それが1970年代の後半になると、弁当箱を持って行く人がほとんどいなくなり、代わって新聞や週刊誌を持って通勤するようになっていたのです。
あのサラリーマンたちは昼飯をどこで食べるのだろうか。大企業ならば社員食堂なども整備されているが、中小企業ではそうもいかないだろうから、昼飯は外食することになるだろう。
そうなれば、駅前一等地の飲食店には昼飯を食べるサラリーマンが押し寄せるはずだ。時代は変わり出した。これからは飲食・外食業界が脚光を浴びる時代に入るのではないか、と思ったのです」(神田)







