悲しみに暮れる女性に寄り添う男性写真はイメージです Photo:PIXTA

浜辺美波と目黒蓮のダブル主演映画『ほどなく、お別れです』が大ヒットするなか、現実の納棺師はどのような現場に立ち会っているのか。幼い娘を亡くした家族のもとに呼ばれた納棺師は、布団の前で言葉を失った。母親が発した「触らないでください」という一言には、病院で懸命に生き抜いたわが子を、これ以上誰にも傷つけさせたくないという切実な思いが込められていた。“触れることが仕事”であるはずの納棺師が選んだのは、あえて「触らない」という異例の決断だった。その選択が、張り詰めていた家族の時間を少しずつ変えていくことになる。※本稿は、納棺師の大森あきこ『いつもの場所に今もあなたがいるようで』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。

静かすぎる部屋の中に
小さな女の子が横たわっていた

 遺族がいる故人のご自宅に行くときはいつも緊張します。それは納棺師になりたての頃から変わりません。まして、小さなお子さんとのお別れのお手伝いは、いつも以上に足取りが重くなります。

 葬儀の担当者さんと合流し、新しい住宅エリアの一角に建てられた家の前に立ちます。玄関先には補助輪が付けられた小さな自転車と三輪車が日常のかけらのように置かれています。

 担当者さんが呼び鈴を鳴らすと、優しそうなお顔の30代ぐらいの男性が対応してくれました。喪主であるお父さん、と紹介されお部屋に上がります。平日の午前中、本来なら洗濯機の音、テレビの話し声、小さな足音が響いているはずなのに……。布団に横たわる小さな女の子を見た瞬間、世界の音がすっと遠ざかるような気持ちになりました。ソファに座っていた女性がスッと立ち上がり、会釈をしました。まるで怒っているような緊張した気配を身にまとっています。

 どうやったら安心してもらえるのか。部屋に入った時からそればかりを考えていました。

 とにかく、やるしかないと覚悟をきめて、着せたい服があればお着せ替えができることや、これからお別れの時間を安心して過ごしてもらえるように体の状態を見せてもらいたいことなど、出来るだけわかりやすく説明したつもりでした。お父さんは何度もうなずきながら「お願いします」と言うと、着せたい服を子供部屋に取りに行きます。