出井伸之氏 Photo:SANKEI
1990年代初頭、日本企業の多くが「モノづくりこそ競争力の源泉」と信じていた。しかしその裏で、インターネットとデジタル技術は産業のルールそのものを変えようとしていた。ソニーの出井伸之は、なぜ誰よりも早くその変化を見抜き、「製造業神話」を捨てるべきだと訴えたのか。その先見性と挑戦の軌跡をたどる。※本稿は、ノンフィクション作家の児玉 博『ソニー神話を壊した男 出井伸之が創った未来』(小学館)の一部を抜粋・編集したものです。
冨山和彦が米国で目撃した
産業構造の大転換
コンサルティングファーム、産業再生機構元COO(業務執行最高責任者)で日本共創プラットフォームの代表取締役会長、冨山和彦。敬愛する出井についてのインタビューということもあって、冨山の表情には終始、笑みが絶えなかった。
冨山は1990年からおよそ2年間、米スタンフォード大学に留学していた。当時、留学先の大学で起きていたのは、眩しいほどの、また目まぐるしいほどの変化だった。スタンフォード大学からはデジタル技術をベースにしたベンチャーが次々に生まれていた。
現在、この大学に起源を持つIT企業は5000社を超えると言われるが、冨山が籍を置いていた時代にもすでにそのうねりが起きていた。大学自身が推進し、人材、資金を投入した研究が、続々と民間企業に委嘱されてもいた。スタンフォード大学そのものが、インキュベーターのような役割を果たしていた。
確実に米国は新しいルールで、新しいゲームを始めようとしていた。デジタル技術が産業構造を変え、ゲームチェンジがまさに起きようとしていた。
その潮流を痛いほど感じながら留学先から帰国した冨山を待ち受けていたのは、バブル崩壊後の日本だった。







