イランでの戦争は軍事費に関する古くからの教訓を示している。600年前にフランス北部アジャンクール近くのぬかるんだ野原で、ヘンリー5世率いる、数で劣る半ば飢えた状態のイングランド軍が、フランス騎士道の精鋭と対峙(たいじ)した。フランスの騎士たちは費用のかかる存在で、何年もかけて訓練を積み、よろいや騎馬には多額の資金が投じられていた。ヘンリー王の弓兵たちは長弓を携えていた。長弓は費用がほとんどかからず、イングランド中のあらゆる村で訓練を受けた男たちがそれを引いた。一斉射撃が行われると、何百もの騎士が倒れた。量が質を圧倒し、ぬかるみにも助けられた。フランスはこの戦闘に敗れたが、戦争における敗北は戦死者の数によるものではなかった。敗因は、失われた戦力の補充が不可能だったことだ。