筆者は、ノンフィクション作品執筆や犯罪学研究のため、大阪の西成のドヤ(簡易宿泊所)を拠点に取材をしてきました。多くの非行少年の家族とも接触してきました。

 子は親の背を見て育つといいます。その理由につき、あれこれ考えた結果、先に述べたように筆者は「人生とは様々な要因が縒り合されたロープにたとえられる」と主張してきたのです。そして、やっぱり「その始点は家庭である」と思います。

ヤクザの親分は演歌がお好き?
クラシックとは縁遠いワケ

 では、家庭のもつ何が、ロープの長さや太さを変えるのかというと、それは家庭の文化が内包する「資本」です。

 資本というと、金銭、財物的な発想をしがちですが、筆者が述べたいのは、社会的資本(正しい役割を学ぶ人とつながる機会)と、文化的資本(感性を育てる学びの機会)についてです。どちらも目で見えるものではありません。しかし、これらの質が人生を大きく左右し、人生において様々な制約を生む、「格差」のタマゴなのです。

 この点につき、数多くのヤクザを取材してきた鈴木智彦氏は、次のように述べ、ヤクザの文化的資本について言及しています。

「1000人の親分に訊いても、カラオケで演歌を熱唱するのが好きな人はごまんといたのに、クラシック音楽のレコードを鑑賞したり、コンサートやオペラを観に行ったり、ピアノや楽器演奏を趣味とした人はひとりもいなかった。わずかひとりもです。クラシックの素地がなければ、カラヤンが指揮するベルリン・フィルハーモニーの演奏だって喫茶店のBGMにしかならない。自分で人生を選んだつもりでも、育った環境がヤクザの決定を操っている」(マネーポストWEB 2025年8月16日)。

 一方、筆者がヤクザの家庭にお邪魔して、童話集や、百科事典、文学小説などを目にしたことはありません。散乱しているものは、実話誌の類や、テレビ番組雑誌くらいですから、活字に親しむ機会は少ないのです。むろん、クラシック音楽など耳にする機会もありません。