頭を下げる男性社員と向き合う上司写真はイメージです Photo:PIXTA

松下電器で長く経理畑を歩んだ川上徹也(元副社長)が、ITバブル崩壊のリスクを読めず大失態を犯した日、松下電器・中興の祖と呼ばれる中村邦夫とのわだかまり~雪解けの日々を振り返る。※本稿は、川上徹也『実践経営経理 君はまだ松下幸之助を知らない』(PHP研究所)の一部を抜粋・編集したものです。

CFO就任からわずか半年で
ITバブル崩壊の試練が襲った

「破壊と創造」の経営改革の推進を担っているとき、経営陣がみな、経営の修羅場を経験したのはいうまでもありません。特に当時の中村邦夫社長が、創業者と心の対峙を続ける姿を間近で見、大いに刺激を受けたようにも思います。

 その中村さんの前任の森下洋一社長から、経理担当取締役(CFO)の内示を受けたときには、私自身が一番驚いたのです。

 ともかく就任し、半年ほどは無事に進みましたが、その後、この私が副社長になるなどとは思いもよらないことでした。

 しかし試練はすぐにやってきました。あのITバブル崩壊です。近年ではドットコムバブル崩壊ともいう経済危機です。世界経済全体を揺るがし、松下電器にも襲いかかりました。大規模な構造改革の断行の中で、割増退職金の支払いも加わり、キャッシュ(資金)が底をつきかけるという事態を経験したのです。

 幸之助創業者と高橋荒太郎さんが健在のときは、松下銀行とまでいわれたメーカーにとって、それは耐えがたい事実でした。