『南総里見八犬伝』の作者として知られる曲亭馬琴。江戸後期を代表する読本作家として活躍し、その作品は広く読まれ、後世の文学にも大きな影響を与えた。だが、その実像は「文豪」の一言では語り尽くせない。人生をたどると、思わず驚くようなエピソードも数多く残されている。今回は、そんな曲亭馬琴の意外な一面を見ていこう。
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長編小説でヒットを連発したベストセラー作家
作家・曲亭馬琴は子どものころから本好きでした。武士の家に生まれた馬琴は、医学や儒学を学んで秀才に成長。しかし「わたしは物知りだ」というプライドが邪魔してどこで働いてもうまくいかず、放浪生活を送ったすえ、突然「作家になりたいです!」と人気作家の山東京伝のもとへ弟子入りしたのです。
その後、京伝の代わりに作品を書いたりして蔦屋重三郎の書店で修業していましたが、馬琴の本は「内容がまじめすぎて売れない」と思われていました。しかし、幕府の表現規制が厳しくなると、まじめな長編小説が流行しはじめ、馬琴の時代が到来!
馬琴は正義が悪に勝つ「勧善懲悪」の長編にエンタメ性を取り入れてヒットを連発します。江戸の人々が琉球王国使節団のパレードに熱狂すると、琉球を舞台にした『椿説弓張月』を書いてベストセラーに。
代表作の『南総里見八犬伝』は儒学のモラル「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の文字が書かれた玉を持って生まれた8人のイケメンが悪と戦うという、少年マンガの元祖のような物語。
『八犬伝』は完結まで28年のロングセラーになり、馬琴は原稿料で生活できた数少ない職業作家となりました。
イラスト:和田ラヂヲ(『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』より)
(本原稿は、本郷和人監修『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』からの抜粋です)









