厳しく行動を管理した組織ほど、活気を失い、業績を落としているのです。直感に反するようですが、監視すればするほど、結果として人はサボりやすくなるという非常に興味深いパラドックスが存在します。

 PCのログ監視もカメラの常時接続も、一見すると合理的な管理手法に思えます。しかし、その先では組織の生産性を著しく損ない、経営に深刻なダメージを与えかねない事態が連鎖的に引き起こされてしまいます。一体なぜこのような現象が起きてしまうのでしょうか。

社員の監視がもたらす
大きすぎる代償

 監視体制が組織にもたらす最初の打撃は、上司と部下の間にある信頼関係の崩壊です。

 常時監視は「私はあなたを信頼していない」という明確なメッセージを送ることにほかなりません。これは組織行動学におけるLMX理論(※1)によって裏付けられています。

 LMX理論とは、リーダー(上司)とフォロワー(部下)の関係を、互いが「提供」と「貢献」を交換し合う社会的な関係として捉える経営学の理論です。

 リーダーが部下に提供するものは、給与や昇進といった物質的な報酬のみならず、信頼、尊重、注目といった心理的な報酬も含まれます。一方、フォロワーも業務の遂行だけでなく、忠誠心や貢献意欲も提供するのです。この交換が成立しているとき、組織は機能します。

 しかしリーダーが部下への信頼を示さなければ、この交換関係が壊れます。フォロワーの組織に対する愛着が急速に低下し、言われたことしかしなくなり、役割を超えた自発的な行動が失われ、結果として仕事の成果が落ちて離職リスクが高まるのです。

 それまで上司との間に良好な信頼関係があったメンバーであっても、テレワーク環境での常時監視にさらされ続けると、「この会社は自分を信頼していないのだ」と思うようになります。上司は会社そのものでもありますから、心理的な距離が離れ、機械的に従うだけの関係へと変質していきます。

 次の段階に進むと事態はさらに深刻になります。監視の目をかいくぐって働いているふりをすることに、認知的リソースが費やされるようになるのです。印象管理、あるいは印象操作と呼ばれる行動です。

 どのタイミングでPCを操作しているように見せるか、カメラに映る自分がきちんと仕事をしているように見えるか――そういったことに頭のエネルギーが使われるようになると、本来仕事そのものに注がれるべき主体性や創造性が失われていきます。もっと面白い仕事の仕方はないか、質を上げるためにどうすればよいかを考えなくなるのです。

 ただし、これはテレワークに限った話ではなく、上司がオフィスを頻繁に歩き回って部下の様子をチェックするような職場でも、同じことが起きることが研究で明らかになっています。また、監視される環境では、この連載でも度々お話ししてきた、組織市民行動が減少することも明らかになっています(※2)。

 組織市民行動とは、誰かが困っていれば声をかける、自分の担当外でもすき間の仕事をカバーする、自発的な助け合いのことです。職場を内側から支えるこのインフォーマルな協力関係が消えると、業務に漏れが生じ、ミスが増え、ひいては案件の失注や顧客離れにつながり、やがて売り上げの低下という形で経営に影響を及ぼします。

 致命的なのが、社員の大量離職です。実際に、コロナ禍でZoomをつけっぱなしにすることを義務づけたあるコンサル会社では、その後に離職が相次ぎました。大量離職で業績は大幅に低下し、負のスパイラルが加速します。監視で生産性を守ろうとした組織が、その監視のために壊滅的な人材流出を招くという皮肉は他の会社にとっても他人事ではありません。