「人の命もてあそぶんも、いい加減にしやー」ガンで吐血した死刑囚、死刑執行の緊迫現場写真はイメージです Photo:PIXTA

雇用主の社長夫妻を監禁したあげく刺殺した男は、事件の7年後、59歳で死刑執行されることになった。それを告げられた彼は、「人の命、弄ぶんも、いい加減にしやー。どうせ殺すんやったら、病気、治さんでも良かったがー」と激しく抵抗した。死刑執行のために癌治療を受けさせられた男の言い分に、理はあるのだろうか。※本稿は、山本譲司『出獄記』(ポプラ社)の一部を抜粋・編集したものです。なお、本稿にはショッキングな光景が描かれているのでご注意ください。

反省なき残虐な殺人犯
死刑に同情の余地はない

 立ち会い室の中、八重垣武郎は、汗で滲んだ手を握り締める。

 検察官になって25年目の八重垣だが、死刑執行を見届けるのは、これが初めてだった。ただし、一応の予備知識はある。死刑執行にあたり、どの役職の刑務官が、どんな役割を果たすのかなどについて、書籍やインターネットで調べ上げてきた。きょうそれが、目の前で行なわれるのである。

 午前9時20分──。名古屋拘置所の西館地下にある刑場では、今まさに、1人の死刑囚への刑が執行されようとしていた。

 僧侶による読経の声が、刑場内に響く。お香の匂いが、ここまで漂ってくる。立ち会い室には、拘置所の所長、総務部長、処遇部長がおり、庶務課長は、ストップウォッチを持ち、正面を凝視していた。

 名古屋高等検察庁の総務部長の八重垣は、自ら進んで、この立ち会いに臨んでいる。通常は高検内で、くじ引きをして決めるのだが、あえて今回は、自分が立ち会う、と手を挙げた。正直なところ、検事長からの評価を得たいという気持ちも、少なからずある。