「人の名前が出てこない」
この現象を、軽く考えていないだろうか。ついさっきまで話していた相手の顔も、会話の内容も覚えているのに、なぜか名前だけが出てこない。そんな経験は、多くの人にとって珍しいものではない。しかし、その小さな違和感の裏で、脳では見過ごせない変化が起きている可能性がある。元オックスフォード大の医学研究者であり、「糖と脳」の関係を研究してきた下村健寿氏は、こうした現象の背景に「糖毒脳」と呼ばれる状態が潜んでいる可能性を指摘する。下村氏の著書『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』から、日常の中に潜む認知機能低下のサインを読み解いていく。(構成/ダイヤモンド社・石井一穂)

人の名前が出てこない人は「糖毒脳」になっている? 元オックスフォード大の研究者が明かす「認知症」の意外な原因Photo: Adobe Stock

人の名前が出てこない……

 ある日、会議室を出たあと、廊下を歩きながら、さっき話していた取引先の担当者のことを思い出していた。

「ほら、あの人だよ……いつも青いネクタイで、声が低くて……」

 顔も、話し方も、ついさっきのやりとりも、はっきり浮かんでいる。

 メールの文面や、名刺のデザインまで思い出せるのに、なぜか名前だけが出てこない。

「えっと……田中じゃない、鈴木でもない……」

 喉の奥まで出かかっている感覚があるのに、最後の一歩がどうしても越えられない。頭の中で五十音をなぞってみる。「あ行……か行……」と順番に探していくが、どれもピタッとはまらない。

 そのうち、さっきの会話の続きを思い出そうとしても、意識が全部「名前」に持っていかれてしまう。

 結局、スマホを取り出して、受信ボックスを開き、検索窓に会社名を打ち込む。

「ああ、これだ。高橋さん」

 画面に表示された瞬間、あっけないほどすんなり腑に落ちる。さっきまでのもやもやが一気に晴れる。

「そうそう、高橋さんだよ……」

 小さくつぶやきながらも、少しだけ引っかかる。

 こんなふうに、「出かかっているのに出てこない」ことが、最近やけに増えた気がする。週に一度くらいは、同じことを繰り返している。

認知症へとつながる「糖毒脳」という状態

 人の名前が「出かかっているのに」出てこない。

 そんな人は、もしかしたら「糖毒脳」と呼ばれる状態になっているかもしれない。

「糖毒脳」とは、元オックスフォード大の医学研究者であり、医師としても活躍する「糖と脳」の専門家である下村健寿氏が、著書『糖毒脳』で提唱している言葉だ。

 過剰な糖によって脳が毒された状態を、私は「糖毒脳」と呼んでいます。
――『糖毒脳』より引用

 下村氏は、「糖毒脳」の状態が進行すると、脳の認知機能が崩壊していくと指摘する。

 糖を摂ると血糖値を下げるためにインスリンが分泌される。

 しかし糖の過剰摂取が続くと、やがてインスリンが出づらくなったり、効き目が落ちたりしてしまう。

 下村氏は、インスリンが脳にもたらす役割として、同書でこう述べている。

 インスリンは脳内で「学習」や「記憶」を司る脳神経細胞同士の情報伝達をスムーズにしたり、アルツハイマー病の原因となる「アミロイドβ」などによる攻撃から脳神経細胞を守る役割も果たしている。
――『糖毒脳』より引用

 そのインスリン分泌に異常がおきるため、結果として糖の摂りすぎは認知症リスクを高めてしまうのだ。

 人の名前が「出かかっているのに」出てこない。

 この状態を放置していると、気づかないうちに脳の機能が少しずつ低下していってしまうかもしれない。

(本稿は、『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』の内容を引用して作成した記事です)

下村健寿(しもむら・けんじゅ)
福島県立医科大学卒。同大副理事、医学部病態制御薬理医学講座主任教授。現役内科医でもある基礎医学研究者。日本糖尿病学会東北支部学術評議員。日本内科学会認定内科医。医学博士。群馬県前橋市出身。2004年、日本で働いていた大学医学部から、英国オックスフォード大学への就職を試み、執念の就職活動を実らせて成功。オックスフォード大学正式研究員として、世界を代表する生理学者フランセス・アッシュクロフト教授の薫陶を8年間受けた。その間、新生児糖尿病治療法の発見という世界的快挙に貢献。新生児糖尿病の最重症型であるDEND症候群の脳神経症状治療有効例を報告した論文は米国神経学会誌「Neurology」よりEditorial論文に選出された。貢献を認められて2006年と2010年にオックスフォード大学メリット賞を2度受賞。日本帰国後は、新生児糖尿病に加えて肥満・2型糖尿病などの生活習慣病について、インスリン分泌や脳機能の観点から研究している。