妻は学校の事務室へ入るが、「今ちょうど昼休み中で、、」という事務員の言葉を遮り、「娘の安否だけでもすぐに確認させてください!」と伝え、通される。
ニュースで流れていた情報を見て、これは知華ではないだろうと思っていた私は、「誤情報だから」「抗議船には乗っていないから」と妻を落ち着かせる言葉をかけ続ける。
12:36 訃報
校長先生含む2名が来室し、「武石知華さんが意識不明で病院に運ばれ、先ほど病院から連絡があり、12:29、死亡が確認されました」と伝えられる。
これが学校から妻への、事故に関する最初の報告だった。
妻とは通話を繋いだままにしていた。私も、電話越しに娘の死を知った。
それは本当に知華なのか。なんで。違う。信じるわけない。という心の叫びが声にならない。妻を落ち着かせる言葉も、もう出てこない。
妻はその場で、東武トップツアーズ(以下、ツアー会社)が手配する飛行機で沖縄へ向かうよう伝えられる。急ぎたいので自分で手配してよいか尋ねたが、ツアー会社手配の方が早いとのことで、決まったら再度連絡を受けることとなった。
妻は私との通話を一度切り、長女・妻の両親に連絡を入れる。
13:00
支度のため妻は一度帰宅。午後に会う予定だった友人、これから先に約束のあった顧客に、泣きながら連絡を入れる。
13:20
妻は学校から、17:30~19:45 神戸空港-那覇便が取れたと連絡を受ける。空港までは自分で車か電車で行くよう伝えられた。今の精神状態で車の運転はとても無理だと感じ、電車を調べていたところ、連絡を受けた友人が「電車で行ったら飛び込んじゃうかもしれない。私が空港まで送っていく」と車で駆けつけてくれた。神戸空港まで送ってもらうことに。
私の飛行機は断食明け大祭の連休前で予約が難しく、日本時間 17:30 ジャカルタ発 → 翌 14:30 那覇着、2回乗り継ぎ便を自分で予約し、向かうことになった。
15:17
長女から連絡が入る。「ママは私が守るからね。安心して来てね。」
長女が 17:20~20:10 羽田-那覇便を3席分手配。羽田で妻の両親と合流し、沖縄へ飛ぶことになった。
15:40 妻、神戸空港着。ツアー会社M氏と合流。
飛行機の待ち時間に、妻はM氏より説明を受ける。
・知華の遺体は北部地区医師会病院に安置されていること
・海上保安部からの事情説明が先にあるため、中城海上保安部へ向かうこと
・遺体の状態を尋ねるが、M氏にもまだわからないとのこと
海上保安庁の説明よりも先に知華に会いたいと懇願。M氏が調整。
19:45 妻・M氏、那覇空港に到着
20:10 妻の両親・長女が那覇空港に到着。合流。
20:20 知華に会いに向かう
飛行機での移動中、病院にあった遺体を海上保安部に移送・安置する手配をとってくれていたため、そのまま海上保安部に向かうこととなる。
移動手段:ツアー会社手配の車 (費用は学校負担)
以下、特に記述がない場合、車での移動は、上記同様、学校が費用負担をするツアー会社手配の車となる。
21:10 海上保安部に到着
担当職員との顔合わせ後、遺体対面と説明のどちらを先にするかを確認される。乗り継ぎ待ちだった私ともオンラインで繋ぎ相談し、先に説明を受けることにした。対面直後では冷静に話を聞けないと思ったから。







