海保からの説明(不確定な情報を含む、という前提のもと):
・知華の発見時の状態
・考えうる死因
・リーフエッジ付近での転覆と思われること
・遺体の状態(状況を考えればきれいであること)
・死亡確認時刻
・発見時から海保が行った救命措置
・司法解剖が必要で、裁判所命令のため遺族は拒否できないこと
・司法解剖は翌々日18日13時に終わる予定(引取り業者を決めておくこと)
・実名報道がされることについて、海保が制限することはできないこと
・乗船人数は定員範囲内であったこと
・ケガは十数人
・引率教員は乗船していなかったこと
・ツアー会社の引率も乗船していなかったこと
・知華が乗っていたのは「平和丸」だったこと
22:07 遺体と対面
私は乗り継ぎ便搭乗のギリギリまでオンラインで繋ぎ、ビデオ通話で遺体と対面した。顔など見える範囲の傷も、服で隠れる部分の傷も、想像より多くひどかった。「海難事故、珊瑚のリーフエッジでの事故としてはきれい」という意味だと、そのとき初めて理解した。
離陸準備となり、皆の嗚咽を聞きながら通話を切る。私は感情を鎮められないまま満席の機内へ。
妻たちは面会を終えて海上保安部を去る際、待機していた教頭先生から謝罪を受ける。教頭先生は、民泊コースの予定だった生徒たちを集めたホテルで、生徒に説明を行った後、21時ごろ、海上保安部に到着していた。
22:50
ツアー会社が手配(費用は学校負担)したホテルへ向かう。長女はショックが大きく車の中で袋に何度も嘔吐した。M氏はホテルまで同行。教頭先生は生徒達の様子を注視するため、生徒の待つホテルに戻る。
23:40 ホテルに到着
ホテル到着後、ツアー会社から知華の残した荷物を受け取る。スーツケースと、破れた段ボール。段ボールには、たたまれてもいない服と手荷物が、無造作に放り込まれていた。後から聞いた話では、知華は手荷物をバスの席に置いていたとのことなので、誰かが破れた段ボールに詰めたことになる。
知華の手荷物が入れられていた段ボール 写真は「辺野古ボート転覆事故遺族メモ」より
軽食と飲み物を受け取る。
部屋はセミダブル4部屋。とてもそれぞれ一人で眠る気にはなれず、妻と長女、妻の両親の2組に分かれ、1夜を過ごした。
妻は夜が明けるまで、一人で遺体の搬送・葬儀社・火葬場の手配を進める。遺体の状態、司法解剖、他の子たちの精神状態を考え、京都ではなく実家近くで親族のみで葬儀を執り行うことを決めた。







