「2000年代キャリア女性像」
へのノスタルジー
前作で描かれたのは、ジャーナリスト志望でファッションに全く興味のないアンディが、ファッション業界の頂点に君臨する雑誌「ランウェイ」に採用され、切磋琢磨する様子である。
早くジャーナリズムの道に戻ることばかりを考えていたアンディだが、ファッション業界にはファッション業界の歴史と矜持があり、編集長であるミランダの無茶振りに答えることで自分が成長する面もあると実感していく。
野暮ったいアンディが一流ブランド品を身につけて着こなす様子はシンデレラストーリー的であるし、「都会で暮らし仕事で成功するキャリアウーマン」の姿が見る人の心を捉えた。ラストは自分の道に戻るのだが、それも含めて「キャリアを自分でつかみ取る」ヒロインが美しく見えた。
当時と比べて現代は価値観が複雑化しており、多様性が認められる一方で、昔のような「都会」「ハイブランド」「華々しい成功」に憧れる価値観がストレートに歓迎されることはない。けれどかつてのようなシンプルな価値観に心を震わせる人は今もいるし、20代の頃に本作を楽しんだ人であれば尚更だろう。
『プラダ2』は、20年前と比べて雑誌が売れなくなり、業界全体に「閉塞感」「節約志向」があることが描かれてはいる。あのミランダが、パリへの出張でまさかのエコノミー席に座らされるのである。しかし、根底を貫くミランダの揺らぎない審美眼は健在であり、時代が変わったからこそ、変わらない彼女の信念と強さが際立って見える。
もちろんミランダにもその他の女性(アンディや、アンディのライバル的存在であるエミリー)にも弱い部分はあるのだが、それも含めて仕事に全ベットする女性たちの姿は清々しい。
昔憧れたNYのバリキャリ女性に今も憧れていたっていい。観客にそう思わせたことが、成功の理由の一つではないか。
いまの時代、仕事にすべてを賭ける生き方は、以前ほど無条件に肯定されない。だからこそ本作の女性たちは、現実のロールモデルというより、失われた“仕事への高揚感”を思い出させるファンタジーとして機能している。
「パワハラ上司」ミランダを
コンプラ時代向けに再設計
ミランダは「悪魔」のような上司であるから面白い。それは前作を見た人なら誰でも知っている。
『プラダ2』では、職場環境の改善、コンプライアンスへの配慮により、ミランダには様々な制約がかけられている。
例えば20年前のミランダは、出先から戻るとアシスタントの机にコートとカバンをぶん投げて、それを片付けさせるのが日常だった。現代ではそんなことはできるはずもなく、ミランダは慣れない手つきで自分でコートを掛ける。アンディはそれを見て驚くのである。
ルッキズムやパワハラにつながりそうな発言については、すぐにそばのアシスタントがミランダに注意を送る。ミランダの得意の毒舌は発揮できない。また、編集部は多様なルーツを持つ男女が存在する場所となっている。
それではこういったポリコレ仕様が退屈に映るかと言えばそうではなく、手足を縛られた猛獣かのようなミランダがユーモラスで笑える。時代とともにアップデートされた価値観と前作の世界観を、完璧に両立させている。







