池井戸潤さん最新作『ブティック』著者インタビューの第2弾。池井戸潤さんに物語づくりの秘密を聞きました。 Photo by Yoshihisa Wada

「半沢直樹」シリーズや「下町ロケット」シリーズで知られる池井戸潤さんの最新作『ブティック』が発売されました。本作の刊行を記念したインタビューの第2弾をお届けします。『ブティック』は、578ページに及ぶ長編でありながら、「一気読みした」「ページをめくる手が止まらない」と大きな反響を呼んでいます。なぜ池井戸作品は、読者をここまで夢中にしてしまうのか。物語づくりの秘密を池井戸さんに聞きました。(ダイヤモンド社論説委員 浅島亮子)

長編小説なのに一気読みできる!?
「次が気になる」はどう生まれるのか

――最新作『ブティック』は、全578ページに及ぶ長編小説となりました。最近では、こうした読み応えのある本を、親しみを込めて“鈍器本(どんきぼん)”と呼ぶこともあるそうです。

池井戸 自分でも、ここまで大きな物語になるとは思っていませんでした。書き始めたら当初の想定よりも、物語がどんどん広がっていった印象があります。

 今回の小説の舞台はM&A業界なのですが、一見すると難しそうに見える世界だからこそ、読者の皆さんが自然に入り込めるよう、できるだけ分かりやすく描くことを意識しました。そうして書き進めていくうちに、このような仕上がりになりました。

――読者からは、「これだけの長編なのに、一気に読んでしまった」「新たな池井戸ワールドに引き込まれた!」といった熱い感想が届いています。これほどの壮大な物語を書き上げるには、「この伏線をこうやって回収しよう」などといった、緻密なプロット(設計図)を最初から作り込まれているのでしょうか。

池井戸 ストーリーを書き始める前に、“プロットのようなもの”は一応、作ります。ただし、実際にはその通りに話が展開することは、ほとんどありません。

 プロット自体に意味がないとは言いませんが、たとえ原稿用紙100枚分ほどのプロットを書いても、執筆を始めると、物語は思いもよらない方向へ動き出すことがあります。

――最初からディテールを固めているわけではないのですね。

池井戸 作者の意図で動かそうとすると、かえって迷いが生まれるんです。作者としては、ストーリーのこのあたりで何か大きなイベントが起きて欲しいと思うことはあります。でも、それに対する登場人物の反応は自然でないといけません。登場人物は、作者の操り人形ではないので。

 すでに僕自身が設定した舞台やキャラクターは実在のものと同様に存在しているわけですから、あとは水が上から下へ流れるがごとく、自然な流れに委ねるしかありません。そうすると、不思議と迷わずに書き進められたりします。

――それぞれの登場人物が動き始める――。

池井戸 書き進めていくうちに、登場人物たちに少しずつ命が吹き込まれて、自然に動き始めるといいますか……。そういう流れに身を任せておくと、彼ら自身が物語を紡いでいってくれるような感覚です。

著者・池井戸潤さんいけいど・じゅん/1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。
98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。2010年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、11年『下町ロケット』で直木賞、23年『ハヤブサ消防団』で柴田錬三郎賞を受賞。
主な作品に「半沢直樹」シリーズ(『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』『ロスジェネの逆襲』『銀翼のイカロス』『アルルカンと道化師』)、「下町ロケット」シリーズ(『下町ロケット』『ガウディ計画』『ゴースト』『ヤタガラス』)、『シャイロックの子供たち』『空飛ぶタイヤ』『民王』『七つの会議』『陸王』『ルーズヴェルト・ゲーム』『ノーサイド・ゲーム』『花咲舞が黙ってない』『アキラとあきら』『BT’63』『ハヤブサ消防団』『俺たちの箱根駅伝』がある。
Photo by Y.W.

――2023年秋に『ブティック』の構想について教えていただいた際に、企画案には「恋あり、笑いありのエンタメ小説」と書かれていました。

池井戸 そうでしたっけ……(笑)。恋あり、笑いありになっているかどうかは、読んでいただければおわかりになるかと(笑)。

――池井戸さんは、推理小説の登竜門である江戸川乱歩賞を『果つる底なき』(講談社)という作品で1998年に受賞、デビューされています。本作『ブティック』でも、場面が次々と切り替わっていくスピード感があり、ミステリを読んでいるような感覚がありました。

池井戸 僕の作品は、サスペンスの手法を取り入れて書いています。例えば、『ハヤブサ消防団』(集英社)も、最初はのどかな田園小説のはずだったのですが、途中から思わぬ方向へ展開していきました(『ハヤブサ消防団』の続編、『ハヤブサ消防団 森へつづく道』〈集英社〉が8月5日発売予定)。

『ブティック』でも、主人公の雨宮秋都(あまみや・しゅうと)は、ある出来事をきっかけに挫折しかけるわけですが、もう一回奮起して挑んでいったりする。また、ある中小企業の経営者は絶体絶命のピンチに追い込まれる。この人の挑戦は成功するのか、失敗するのか。彼はどんな決断を下すのか――。

 そうした小さな謎や疑問を物語の随所にちりばめながら、読者に“次はどうなるんだろう”と思ってもらえる流れを意識しています。

――確かに、普通に読んでいると物語がどちらへ転ぶのか分からず、どんどん読み進めてしまいます。それに、決着が上手くいったケースもあれば、そうならないケースもありますよね。

池井戸 全部が思い通りになることって、現実にはほとんどないですよね。勝つこともあれば負けることもありますし、不本意な決着を迎えることだってあります。二勝三敗か、三勝二敗くらいがリアルなのかもしれません。

 登場人物たちの迷いや葛藤に寄り添いながら、「この先、どうなるのだろう」とページをめくっていただけたら嬉しいです。きっと読み終えた頃には、それぞれの“選択”が心に残ると思います。